釘屋くぎや風太郎ふうたろうは、プロのゲームデバッガーだ。企業に正式に雇用されているわけではないが、フリーランスでもどうにか食えていけているのだから、それなりに腕は立つ方だという自負はある。

 今日もまた、ダイレクトメッセージの依頼が届いていた。


『サイバークラフト』の運営企業からだ。

 サイバークラフトは、大規模多人数同時参加型オンラインRPG──いわゆるMMORPGのタイトルだ。

 古くからMMORPGの主流だったファンタジージャンルの世界観を、SF的な解釈に練り直し、ラブクラフトが創作したクトゥルフ神話のエッセンスを取り入れたサイバーパンク。

 たとえばダンジョンは廃棄された地下兵器工場、モンスターなら生物工学を応用して製造された機械獣、ゴブリンは戦闘用のアンドロイド、エルフはといえば電子世界に生まれた情報生命体。

 さらにそこに機械仕掛けのデウスエクスマキナよろしく、上位存在の電脳神性体どもが悪玉善玉引きこもごもといった具合に、世界を調停している。

 プレイヤーはその世界へ、便利屋稼業に就くトラブルバスターという設定で関わってゆく。

 決して世間受けするジャンルではないが、それだけに一部の界隈でカルト的な人気を誇っている。


 釘屋は今、主にそのサイバークラフトの運営企業から頻繁ひんぱんにデバッグの依頼を受けている。あまり仕事に私情を挟むのは褒められた事じゃないと理解しているが、釘屋自身、趣味にあったジャンルだけに、仕事にも精が出るというものだ。

 珈琲をすすりながら、オフィスとは名ばかりの、自宅に設けた三畳の作業部屋で依頼内容に目を通す。


 序盤に発生するクエスト──メインのストーリーラインに関わるものではないが、新規参入のプレイヤーが世界観を理解するのに重要なフリークエストに、進行不能バグが見つかったというものらしい。

 このクエストなら、釘屋にもおぼろげながら覚えがあった。プライベートで実際にプレイした記憶がある。その時は、特に問題なく進行していたはずだ。


 という事は、後でクエストに何らかのアップデートを加えた結果の不具合かと思いきや、特に変更した部分はないという。一応メッセージには、くだんのクエストを構成するプログラムがロック付きで添付されていた。

 別のメッセージで送られて来たパスワードを入力してデータを読み込み、目を通して見たが、確かにエラーコードは見当たらない。

 となるとクエストそのものではなく、ゲーム全体の仕様変更に伴い、相互干渉が発生してバグが発生したのだろうか。


「なんにしても、実際に確かめてみなけりゃわからないか」

 百聞は一見にしかずという。実際に問題のクエストをプレイしてみた方が早いだろう。そう考えて、釘屋はサイバークラフトの立ち上げ準備を始める。

 まず彼は、デスクトップPCへBCIケーブルを接続する。


 BCI──ブレイン・コンピュータ・インターフェースの略称。つまり、脳と演算装置とを直接繋げる技術だ。

 旧時代のBCIといえば、実用化されていたのは脳波を読み取る、つまり脳から機械への一方的な出力が限界だったが、今現在においては、コンピュータから脳へ情報を入力する事が可能になった。

 

 相互入出力の完璧なBCIを可能にしたのが、釘屋のうなじへ取り付けてあるニューロデバイスと呼ばれる装置である。

 このニューロデバイスは、ファンデルワールス力というヤモリの足と同じ原理で働く、分子レベルの吸着力で皮膚へ貼り付いている。

 そして脊髄から脳波を読み取り、あるいは刺激を与え、相互の入出力を行っているのだ。

 今日こんにちでは、このニューロデバイスが旧時代の携帯端末のように、当たり前に普及している。


 ニューロデバイスは、肉体の覚醒時には拡張現実ARで生活の補助を行う。先程のダイレクトメッセージも、釘屋はPCのモニターを介してではなく、専用のコンタクトレンズ上に映し出されたウインドウを用いて読み取っていたのだ。

 ただし肉体の非覚醒時。ニューロデバイスの働きによって、脳と肉体の間に走る神経回路を一部遮断した時に限っては、仮想現実VRへ脳を送り込む事を可能にする。


 釘屋は、PCから伸びるBCIケーブル端子を、ニューロデバイスへ接続する。


 そうつまり、サイバークラフト──というより今時のMMORPGのほとんどが、感覚投影型の、俗に言うフルダイブVRMMORPGなのである。

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