NPCは螺旋続きの夢をみるか

楠々 蛙

プロローグ

 アーカムシティの夜空に、星灯りは存在しない。

 不夜城めいて輝くネオンサイン、企業の誇大広告を謳うホログラフィー。街を妖しく彩るばかりの不浄な光が、星々の柔らかな灯火をかき消している。


 そうでなくとも汚染された大気は、ありったけの毒素を調合した酸性雨を地上に降らせるばかりで、満月の月明かりですら、くすませる。


 その幽かな月光の中、幽鬼めいて浮かび上がる男が一人──サーモスタッド内蔵の耐候コートを肩に流すその男の名は“Deckardデッカード”。

 彼の手には、一挺のブラスター拳銃が握られている。そのアイアンサイト、あるいは“Deckard”の眼球を模した視覚素子が映す、拡張現実のクロスヘアが捉えるのは、一人の少女。


「あたしを、消すのか」

 少女が、諦観を込めてつぶやく。

「言っただろう。消去deleteじゃない、初期化initializeだ」

「あたしにとっては、同じことさ」

「……そうかい」

 “Deckard”は、人もなげに応える。いや、職人気質にニヒルを気取ったつもりでも、そこには隠しようもない揺らぎが聞いて取れた。

 

 それでも彼は、職業倫理に従って、手許のブラスター拳銃に備わる二つの銃爪ひきがねの内の一つに、指を掛けた。


実行してもよろしいですか?Are you sure you want to run it?

 拡張現実の透過ウインドウに、是非ぜひを問うメッセージ。見慣れた文言のはずなのに、今はそれが責め苦に映る。

 もしもNoなら指を離すだけ、Yesならこのまま指にトリガープルを乗せれば、それで良いのだ。


 たったのそれだけ。なのに──

 俺は、どうすればいい。

 選択を、迫られる。

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