48-2 私が救世主だよ

 9月12日木曜日。茉祐が生きてる『世界線』へやってきたらしい。

「パラレルワールド?」

 ベッドの上でスマホを見つめて唖然とする私。スマホを握る手と反対の手には、見覚えのない紙が握られていた。

『9月13日→9月12日(遡及そきゅう)』と書かれていた。少なからず、私の字でも母の字でもなかった。

 何はともあれ、これで茉祐を救うことができる。私はそう意気込んで、大西駅へ向かった。

「あ、紗幸おはよー!」

 制服を着た藤田茉祐は周りの迷惑も知らずに私に向かって手を振ってきた。

 その時、私の脳内で昨日の出来事がフラッシュバックした。朝、彼女の訃報を聞いてからの地獄のような一日を思い出した。

 私はいつの間にか茉祐に抱き着いてた。いつも乗っている時刻の電車はとうに通り過ぎていた。

「紗幸?なんで泣いてるの?」

 茉祐はとことん困惑していたが、そんな顔もかわいかった。


 ——茉祐は、私を愛しているだろうか。


「ごめんね茉祐。ちょっと悲しいことがあってさ」

「何かあったの?部活のきついメニューでも根を上げない紗幸が泣くなんて珍しいね」

 取りあえず、いつもとは一本遅れの電車に乗った。

 揺れる車内で茉祐の横顔を眺める。それが私にとって一番の至福だった。綺麗に整えられた前髪、可愛いのに凛々しい目つき、それら全てが愛おしかった。

「あのさぁ、茉祐?今何か悩んでることとかってある?」

 茉祐は含みのある間を置いてから、「ないよ」といつもより低い声でそう言った。

「本当に?悩んでることがあったら、ちゃんと話した方がいと思うよ」

「紗幸、大丈夫だから。私、メンタル強いじゃん?悩みと言ったら部活の1年生が最近たるんでるくらいだもん!」

 相変わらず部活には厳しい茉祐らしいセリフだった。

 電車に揺られること5分、学校の最寄り駅に到着した。

 昨日は欠けていた彼女の席に、その存在はちゃんとあった。

 茉祐の学校生活も相変わらずのものだった。

 1限のテニスでは部活のように声を張り上げて、2限の歴史では私が将軍について教えて、3限の数学では飽きて寝て、4限では「お腹すいた~」って嘆きながら授業を受け、5限では寝そうな彼女を起こして、6限ではたくさん発表していた。茉祐の存在があるだけで、日常の空気感はまるで違っていた。

「ねぇ茉祐、部活行こ!」

「分かったぁ~準備するからちょいまち」

 茉祐は机の上にあった教科書をかばんに詰め込み、共に部室へと向かった。

 部活では共に打ち合って、やっぱり茉祐は強かった。最近たるんでいると言っていた1年生に厳しくしかり、3年生の先輩とも仲良く話していた。

 茉祐はコミュニケーション能力にもたけている。勉強は苦手だけど運動ができて、何よりかわいい。ちょっとだけ、茉祐のことが羨ましかった。

 夕方の空にはどす黒い雲が浮いていた。今にも雨を降らさんとばかりの黒い雲が。

 雨が降らないうちに帰ろうと茉祐に言って、二人で走って駅へ向かった。

 私たちが駅のホームに着いたと同時に、天候は豪雨へと変わった。

「このまま夜まで雨っぽいね」

 スマホの天気サイトを見た茉祐がそういっていた。

「茉祐は夜、用事あるの?」

「ん?どうして?」

「いや、電話したいなって思ったから」

「あぁ、大丈夫、用事ないから」

 この時、私は何か違和感に気が付いた。愛海との用事のことを話さなかったのもそうだが、何か強引に作ったかのような笑みを浮かべていたから。いつもの茉祐の愛くるしい笑顔とは何か違っている。

 落ち着いて考えてみた。私は未来を生きているから愛海との用事を知っているわけで、この後に愛海と約束をするのかもしれない。

 その後、茉祐はアイドルの話を延々と私にしてきた。そして、電車は大西駅に到着した。

 そして、例の分岐路で茉祐は言った。

「明日も歴史教えてね!また明日!」と、元気な声で。

  それを見届けた私は走って家へ帰り、着替えてから再度外出。茉祐の住むアパートへ向かった。

 茉祐はまっすぐと自宅のアパートへ帰ったらしい。彼女の部屋に明かりがともっている。私は彼女の部屋が見える場所で暇をつぶしていた。

 茉祐が愛海とのインスタのストーリーズを上げるまで残り1時間だ。

 茉祐の帰宅から数分後、制服から着替えた茉祐が玄関から出てきた。いつもよりおしゃれな茉祐、やっぱり茉祐は何を着ても似合うし可愛い。

 茉祐はそのまま大西駅から電車に乗り、例のショッピングモールの最寄り駅で降りた。

 駅で降りると、そこには愛海の姿があった。

「ごめん、ちょっと遅れた!」

 愛海と合流した茉祐は胸の前で手を合わせて、二人は楽しそうにショッピングモールへと向かった。


——なにあれ。


茉祐と愛海はショッピングモール内のカフェに入り、それぞれ流行りのパフェを注文した。そして、例の投稿と同刻。案の定、インスタには今撮ったであろう写真が上げられた。

 二人は15分ほどカフェに居座った後、プリクラを撮ってショッピングモールを後にした。

「じゃぁ、愛海また明日!愛してるー!」

 駅で愛海と別れた茉祐はそう言って電車に乗った。

 電車に乗った茉祐はずっとスマホに目を落とすばかりだった。耳にイヤホンがあるから、きっと何か歌を聴いているのだろう。私に勧めてきたアイドルの歌だろうか。

 電車は5分足らずで大西駅に到着した。茉祐が改札をくぐる。駅の時計は8時45分を指していた。

 茉祐はアパートへ続く道を歩きながら、誰かに電話を掛けた。

「あ、愛海?今日はありがとう。愚痴聞いてくれてありがと!うん、明日ね!おやすみ!」

 満面の笑みを浮かべた茉祐。


 ——なんで、なぜ、なにゆえ。私が茉祐に話しかけても塩らしい反応しかしない。それもまた可愛いけど、なんで愛海と話すときはそこまでの笑みを浮かべることができる?私が、この私が一番茉祐を愛してるのにッ!


「紗幸、全部バレてるから」

 茉祐は障害物の消えたあぜ道でそう言い、私の方を振り返った。

 私と茉祐の距離は2メートル。私たちを照らす電灯に群れる虫がうるさかった。

「ねぇ紗幸、なんで紗幸は私についてきたの?最近ね、紗幸との接し方がわからなかったの。なんというか、距離感が掴みづらい感じ?それと、なんでうちの行動が読めたのさ、ショッピングモールへ行くって。電車で用事について聞いてきたけど、それは愛海と会うのって聞いてたのも同然だよ」

 茉祐は凛々しい目を吊り上げ、私を睨んでいた。

「ねぇ、なんで?なんで分かったの?私は紗幸が怖いよ」

 

――なんで?そんなの未来から来たからだ。だが、それを言っても茉祐には伝わらないだろう。どう伝えたらいいだろうか。


「紗幸は私のことが好きかもしれない、でもね――」



「ごめんね紗幸。私は紗幸が怖いし、嫌い。あんまり、私と関わらないで貰えないかな。ストーカーに見えてしょうがないの。私の行動、細かく観察してるでしょ?少しは自由が欲しいよ」

「自由にすればいいよ!私は、それでも、茉祐を愛してるから!」

「それをやめろって言ってんの!」

 いつもにこやかな茉祐からは想像できないほど恐ろしい声だった。でも、そんな茉祐もかっこいい。

「茉祐、もう後つけたりしないからさ、ね?私を愛して、私はあなたを――」


――愛されたくて、愛してる。


「もう、やめて。来るな!近寄るな!」

 茉祐の目から零れ落ちる涙。なんで茉祐は泣いてるの?なんで私がこんなに愛してるのに、茉祐は泣いてるの?

「今までのこと、全部謝るから私を抱いて」

「無理だからッ!」


「うちは自由が欲しいのッ!束縛なんていらない!紗幸は嫌い!全部いや、お前は何も分かってない。それでいて愛すとか言うな!」

 

――私が、茉祐のことを分かってない?そんな馬鹿なことあるわけ。

 私と茉祐との距離はゼロになった。

「さ、私と付き合お」

「———無理」

 

 私のハグを振りほどいた茉祐は、踏切に飛び込んだ。

 茉祐の体は電車と接触し、骨が砕ける音を撒き散らしながら肉片と化した。

 藤田茉祐は、電車に撥ねられて死亡した。

「——なんで、愛してくれないの?」

 私はその疑問だけを抱えて家に帰った。




「昨日9月12日午後9時頃、大西町の踏切で人身事故が発生しました」

 朝のテレビをつけても気が重くなるようなニュースしかやっていなかった。今家にいるのは私一人。母親は2時間ほど前に出勤していた。

 母の置手紙、それは何かの裏紙だと気が付いた。

『944:副作用として一定時間後に自我喪失レベルの報酬欲求があらわれる場合あり。その他の副作』

 机に置かれたおにぎり二つとお弁当。

「電車と接触したのは近くの高校へ通う高校2年生の藤田茉祐さん17歳。警察は事故の経緯を詳しく捜査しています」

 藤田茉祐、自我喪失レベル、報酬欲求、944、何が起きてるんだ?

 その時、何かが記憶の奥で疼いた。

『さ、私と付き合お』

『———無理』

 ある人との会話の一部始終。でも、誰なのかは思い出せなかった。そんなことより、今日も嫌々登校するしかない。


――藤田茉祐、聞いたことあるような。


 紗幸が持っていた紙『9月13日→9月12日(遡及)』もまた、裏紙であった。

『用として一定時間後に一部記憶に欠陥が生じることがあります』

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