新世界からの挨拶
如月瑞悠
第四十八世界『愛されたくて、愛してる』
48-1 私の愛した彼女
「昨日9月12日午後9時頃、大西町の踏切で人身事故が発生しました」
朝のテレビをつけても気が重くなるようなニュースしかやっていなかった。今家にいるのは私一人。母親は2時間ほど前に出勤していた。
テーブルの上にはおにぎりが二つとお弁当が置かれていた。
「今夜も帰れそうにないから、適当に食べておいて」置手紙にボールペンで書かれた文字を寝ぼけ眼で見つめていた。
小さい一口でおにぎりを食べながら、呆然とニュースを見ていた。すぐそこの、何なら通学路にある大西第三踏切での人身事故を報じる地方ニュース。ここら辺はいわば準都会というか、そこまで田舎ではないがそれほど栄えているわけでもない地域。こんな事故でもニュースになるのかと思った。
「電車と接触したのは近くの高校へ通う高校2年生の
フジタマユ。藤田マユ?。藤田茉祐。まだ覚醒しきっていない脳内で、耳から入ってきた単語が変換されていく。
完全に変換された瞬間、私は戦慄した。藤田茉祐は、私のクラスメートだ。
現状の把握に追いつかない私は、スマホで地方ニュースを検索する。
「大西町 踏切 事故」検索。
すると、今までニュースでやっていた内容が一番上に表示された。
記事を何度読んでも、被害者が藤田茉祐ということは変わらなかった。
「昨日の帰り‥‥」
私は昨日、茉祐と下校したのだ。そこで彼女は好きなアイドルの話を延々と私にしてきた。耳に
「明日も歴史教えてね!また明日!」
大西駅で別れた時、茉祐は元気な声でそう言っていた。今日の2限は、茉祐の苦手な歴史だった。
茉祐は元気すぎる性格だが、踏切を無視するほどの元気すぎるわけでもない。スマホのニュース記事の最下部『運転手によると、「いきなり踏切に人が飛び込んできて、ブレーキをかける間もなく事故が起こった」と話している』と書かれている。
この記事の文面を見ると、まるで茉祐が自殺したかのような書き方だった。実際、そうなのかもしれないが、今の私に現実を受け止める思考はなかった。
ふと開いたインスタ。そこには、茉祐の最後のストーリーズがあげられていた。
『今から@ami_0908とデート!』の文字とともに近くのショッピングモールにいる写真が添えられていた。
そのショッピングモールに行くには、大西第三踏切を渡る必要がある。
スマホが表示する時刻は7:30。もう登校の時間だった。
茉祐の存在だけが欠けた教室。換気をしていても空気は暗く淀んでいる。いつも騒いでる1軍女子たちですら今日は静かだった。
なお、最後に茉祐と一緒にいたであろう
その日は1日中クラスに静寂が満ちていた。1限のテニスの授業で茉祐の声が響くこともなく、2限の歴史ができない茉祐がおらず、3限の数学で寝ている茉祐の姿がなく、4限で空腹に耐える茉祐はおらず、5限でうとうとしている茉祐はおらず、6限でやたら元気になる茉祐はいなかった。
日常を彩る色が一気に褪せた。クラスの全員と関わりを持っていた茉祐の死が与えた影響は大きなものだった。
下校時刻、一人でテニス部の部室に入るのは何か月ぶりだろうか。今年になって茉祐と同じクラスになってから、いつも一緒にここへ来て、部活に励んで、時に泣いて悔しんだ。茉祐のロッカーに入っていたラケットと、夏の大会で撮った集合写真が憎かった。
茉祐のいない部活は退屈でしょうがなかった。トレーニング中に話しかけてくれる相手はもういない。時に厳しい指摘をしてくる
同じくテニス部の愛海も休んでいるせいで、今日は2年生が私だけだった。
顧問の教師も私の心を汲んだのか、打ち合いじゃなくて1年生の指導に回してくれた。
いつもネット越しに見ていた真剣な茉祐の眼差しを、もう一回見てみたかった。
空が暮れ始めたころ、私は帰路についた。いつも茉祐と寄っていたコンビニを素通りし、河原で恋バナをすることもなく電車に乗った。
大西駅を降りたところにある分かれ道、「また明日」の声はもう聞けない。
一日よく頑張った。泣かないで、泣かないで。もしかしたら泣いていたかもしれない。教室の茉祐の席を見た時、彼女のラケットを見た時、彼女の声を思い出した時。
――嗚呼、茉祐が戻ってきたらいいのに。
暗くなり始めた空で憎いほどに輝く一等星を睨みながらそう思った。
家はやはり静寂に満ちていた。母親は今日も夜勤で帰ってこない。帰ってくるのは明日の朝だろう。
昨日はカップラーメンだったから、今日はサラダとみそ汁と無味の白米を作って、胃の中に押し込んだ。
食べ終わった食器を洗いながら、私はふとテーブルに目をやった。
いつも母が使っているデスクの上に、見覚えのないピルケースが置かれていた。
「なにこれ」
カラフルなピルケースの中には青と白のカプセル錠剤が入っていた。
母が病気に罹ることは少ない。先日の健康診断の結果も問題なかったと言っていた。なら、この薬品はなんだ。
青いカプセルに小さく印字された『SG-944』の文字。スマホで検索すると、匿名掲示板のあるスレがヒットした。
それは、『【朗報】ワイ、世界を変える』というタイトルのスレだった。
そのスレでは、スレ主が体験した不思議体験について記し、匿名の人たちが突っ込んでいた。
どうやらスレ主は私の手元にあるものと同じ『SG-944』を飲んだらしい。
スレでは以下のやり取りが行われていた。
1.ただの名無し:@3111902
マジで危ないクスリかも。SG-944ってのを友人から貰ったんよ。疲れ取れるって言われて飲んでみたら、なんか変な世界に行けるようになった的な。
2.匿名クン:@3111997
ただの覚せい剤で草
3>>2ただの名無し:@311982
それなw
4.ただの名無し:@3111902
覚せい剤なのか?w。体に異常とかはなくて、普通に似てるけど違う世界に行けたんよ。
5.匿名クン@3111997
それパラレルワールドじゃね。似てるけど違うって。
6.ただの名無し:@3111902
そんな感じかも!願いが叶う覚せい剤ワロスw
スレを見た感じ、この薬はパラレルワールドへ行くことができる薬らしい。
ただ、スレの通り覚醒剤だというケースも同時に存在している。
「願いが叶う‥‥」
スレ主の最後のコメントに感情が全て持っていかれた。私は気づかぬ間にコップに水を入れて、『SG-944』 を服用する準備をしていた。
なんで母がこんな薬を持っていたのかは知らない。願いが叶うとかどうせ嘘、私はもう一度、茉祐と会う。
私の思考は眩み、青いカプセルを飲み込んだ。
なにも、変化はなかった。
「ほら、どうせ嘘じゃん」
期待なんかしてなかったのに裏切られた感じが込み上げてきて、なんかムカついた。
茉祐の訃報から始まり、私は風呂に入ってすぐにベッドに倒れ込んだ。何をしたって、茉祐はもう戻ってこないのだ。
次に目が覚めた時には、朝になっていた。
「スマホのアラームなってないし。うざ」
スマホのカレンダーが指している日付は9月12日だった。
「——茉祐が、死んだ日?」
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