第26話可哀想な人たち

僕、音無晴は言葉を失っていた。恩人の生き方に考え方に触れてしまったから。

叶は僕にこれを読ませてどうしたいんだ。


「冬花はどう思う」

「秋内叶らしいんじゃない」

「そっか」

「どうするの」

「一人で会いに行くよ」

「じゃあお別れだね」

「またね」


叶に会えるのか、そんな疑問は簡単に消えた。警察署に連絡するとすぐに話が通った。なんでも叶はずっと黙秘を続けているらしく、僕と話すことができれば質問にすべて答えると言ったらしい。ただ、時間は十分ほど。

叶は最初から全部よんでいたみたいだ。警察署内の部屋に通された。アクリル板で区切られた部屋に二人きり、会話を聞かれることはないと叶は言った。


***


「久しぶりだね」

「さすがですね」

「どう、全部手のひらの上で転がされていた気持ちは」

「……」

「黙っちゃうか」

「どうしてそんな見え透いた悪態つくんですか」

「どういうことかな」

「僕に突き放してほしいんですよね」


人にはどうしても心と体が反対の行動をとってしまうことがある。


「何を言ってるの」

「助けられたくないんでしょ」

「それなら君をここに来させない」

「ちぐはぐなんですよ行動が。最初は僕に諦めさせようとしていた。助けないことの正当性を用意していたのに同窓会では来させて、怒らせようとしてる」

「全部見越していただけ。君ならここに来る」

「でも、僕は怒っていないです」

「それは誤算だった。怒ると思ったんだけどね。冬花を心歪病にしたのは私の意志だし」

「僕は叶と口論して勝てる気がしないです。叶の言う持っている側の人間ではないから伝えたいことうまく伝えられる気がしません。」

「そうね。君は可哀想な人」

「僕からしたらそれでもいいんです。今はただ叶に生きていてほしいとそれだけ伝わってくれればいいです。」

「それだと心歪病が収まることはないよ。」

「関係ないです‼。僕は叶に助けられた。救ってもらって今を生きてる。そこにどんな思惑があって、どんな打算があったって僕は確かに助けられて、今こうして息をしているんです。叶の求める人物に僕はきっとなれないでしょう。持ってる側の人間じゃないから、僕は可哀想な人だから。騙されててもそのことに気づつけない愚か者だけど、僕はずっと、ずっと、叶が好きだから関係ないんです……」

「晴がここまでするのはそれが理由」

「助けられたとかいろいろ言いましたけど、結局は好きなんです。好きで好きでしかたないんです。死んでほしくない。隣を歩けなくとも生きていてほしいんです。」


胸が張り裂けそうだ。胸の高鳴りが心臓の鼓動が叶に聞こえてないことを願いたい。


「私気がついたの。私と同じような人は見つからない。もう諦めて、生きにくい今日を最後にしようと思ってた。自分が異常なことに晴通して理解した。でも、おかしいの。いま心臓の鼓動を抑えることができないの。晴の言葉をうれしいって感じてる。私、晴が怒って全部終わるって希望なんてなくなるって思ってたから。好きなんて言われるわけないって思ってた」


アクリル板越しの叶は困惑気味に流れた涙をぬぐっていた。

触れることができないことを抱きしめられないことをもどかしく思う。


「わからない、なにこれ。なんで、自分の感情すらわからないの。心がいっぱいで晴に触れたい」


伸ばした手がアクリル板越しに重なる。距離は数センチ、同じことを思っても叶わない。それが今の正確な距離。時間はあまりに不十分だった。もう終わってしまう。


「待ってます。僕はたぶんこの先叶以外を好きになることはないです。」

「私は今、たぶん馬鹿になってる。晴の言葉が本当か嘘かわからないくらい。初めて全部が不安なの。心歪病を一度手放したらもう戻る気がしない。だけど、信じてみたい。この感情を知りたい」


時間は終わった。警察署を出て、近くの公園のベンチに座った。

スマホを手に取った。電源を入れると小鳥遊先輩から着信があった。


「小鳥遊先輩」

「ありがとう。私の心歪病治った。」

「約束は守れたみたいですね。よかったです」


電話を切った。長電話はなしだ。叶は大丈夫だろうか。心歪病が治っても危険だと判断されないだろうか。そんな杞憂はすぐに終わった。叶が見たことない不安そうな顔をして走っていた。


「叶」

「騙されたかと思ったよ」

「ごめん」


やっと触れることができた。本当の意味で近づけた気がした。もう敬語はやめよう。なんでかそう思った。


「もう大丈夫なのか」

「そもそも私が心歪病の原因なんて証拠はないからね」

「よかった」


これでようやくさっきの続きが言える。


「叶、僕は可哀想な人だけど、救ってもらったあの日からずっと好きで、最近大好きに変わって、今、この先もずっと一緒にいたい思ってる。僕と付き合ってください」

「私は対等な人としか付き合えない」

「そっか……」

「でもどうやら私は可哀想な人らしい。そんな分類の仕方をしたのが恥ずかしく感じてるくらい。だからこちらこそよろしくお願いします。」


恥ずかしそうにはにかむその姿はつき物が全部落ちて、女の子特有の最高にかわいい表情できっと生涯忘れることはないだろう。





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