第25話救済者

***秋内叶

「そろそろかな」


留置所の隅で小さくつぶやいた。彼が私の日記を読んだころだろう。心歪病と私のことについて書かれた私の日記心歪病


私は恵まれていた。容姿、運動神経、頭、どれもが周りよりも優れていた。小学生の時にはもう理解していた。私は持っている人間だ。そう思うと途端にみんなが可哀想に思えてくる。持ってない人たちは簡単に騙されて、いやそのことにも気がつかないで生きていくのだから。


中学生になると考えも少し変わった。私のような持っている人間が乱さなかったら可哀想な人たちも自分のやりたいことを見つけて成長していくのではないかと。

しかし、違った。可哀想な人たちはコントロールしてあげないと少し人より優れているだけで劣っている者を貶してしまう。私にとって初めての失敗だった。

可哀想な人たちは救ってあげないと。秩序は大切だ。

言葉で人は殺せると初めて知った。その時私は、心歪病の源になった。


救済、それが私に与えられた神様の試練だと本気で思った。

一番最初に救おうと思ったのは母親だ。母は可哀想な人だった。だから力を与えた。

人は死を一番に恐れる。ならばその瞬間がわかるようになればいいと。

私にはなぜ失敗したのかわからなかった。なぜ、母は死んだのだろうか。

私を瞳に映した時何を思ったのだろう。


二度目の失敗は私の自尊心を傷つけた。

次は失敗しない。母の心の弱さは計算外だった。

私は弟を救うことにした。可哀想な人は心が弱い。弟は私と常に比べられて能力の差に打ちひしがれていた。それなら私と並べるように人を理解できるようにさせよう。

周囲の人の心が読めるようにしてあげた。しかし、なぜだろう弟は自殺した。

父がおかしくなった。家族が死んだからだそうだ。私も家族だというのに。

やはり可哀想な人は心が弱い。だから父にも心歪病を与えた。記憶を消す力だ。

記憶は地続きだ。自我を保つ最小限で記憶が消える。その結果弟の存在は消えた。心歪病で消えた記憶の人物は他の者からも消えるみたいだ。心歪病の源である私を除いて。



私は考えた。心歪病になっても可哀想な人は有効活用できない。私は気づいた。可哀想な人だとひとくくりにしてはいけない。母も弟もその心歪病を望んでいたわけではない。ならば、心歪病を望むものに与えよう。

もしかしたら私の心歪病の源としての始まりはここだったかもしれない。

心の弱った者へ行き届くように。


中学時代中井という中二病がいた。救済してあげるか判断するために話しかけた。

あれはダメだった。常に俺は悪くない。俺を理解しない周りが悪い。俺には隠された力があって…うんぬんかんぬん。私のことを理解者だと扇いで、君となら付き合っていいだとか文化祭前に告白された。断れば激情して暴れだして、当日も無茶苦茶してくれた。これも可哀想な人だとひとくくりにしてはいけないという教訓になった。


高校三年になるまで心歪病の音里はなかった。私としたことが心歪病を認知する手段の確立をしていなかった。自分が源であるがゆえに自分が心歪病になるという発想をしていなかったからだ。

救済の才能がないと挫折しつつあった。それでも私は出会った音無晴という存在に彼もまた可哀想な人だった。心歪病に選ばれてもなお自殺しようとした愚か者だった。彼まで自殺されると私はいよいよ挫折してしまう。そう思って止めたことが始まりだった。彼の問題を解決すると、彼の心歪病の症状は治まった。しかし、彼は生きて成長した。その時初めて理解した。可哀想な人を私と同じようにすることは不可能だが強くすることはできる。それが救済だと。母も弟も途中だったから駄目だった。

ようやく見つかった。私の救済の物語デリバリーハピネスが。

高校卒業と同タイミングでデリバリーハピネスを始めて、一人暮らしを始めた。


そこからは順調に進んだ。小鳥遊清麗を音無晴に助けさせ、心歪病を治すことで救済になるという理論を確信へとさせた。しかし、心歪病自体は治していない。症状に表れていないだけに過ぎない。私としては持っている側の人間が増えてほしいと願っている。だから成長した後で活用できる人間になる可能性を残した。


一つ計画を立てることにした。大抵の人間を私は思った通りに行動させることができるがこのペースでは全人類を巻き込むのは難しい。心歪病を全国に広めよう。そうすれば見つかるかもしれない。持っている側の人間が。その人間が私を見つけられるように私は有名にならなければいけない。そう、首謀者に。

私は動かせる範囲で人を動かして死なないようにした。

ここからそろそろ出たい頃だけど、彼はどう判断するのだろうか。

その結論を私は楽しみにしている。

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