第10話後輩と先輩、音無晴と小鳥遊清麗

最悪の状況となった。心歪病の悪化。全ての人の寿命が見える。画面越しでさえも。


「どうしよう。音無くん!私!私!」

「落ち着いてください」


勘定が高ぶらないようにテレビを消して、カーテンを閉める。


「私、死んだ方がいいかな」


小鳥遊先輩の目は本気だった。かける言葉は見つからない。そんなのダメだって否定することは簡単だ。でもそれこそダメな言葉だ。その言葉をかける人間はこれから死んでしまうやつでは意味が無い。

僕に依存させる行為は一切できない。頭を撫でることも抱き寄せることも優しい言葉をかけてあげることでさえ、僕が死ねば絶望に変わる。

慎重に言葉を選ばないといけない。だからあえてカーテンを開けて園内を見せた


「小鳥遊先輩見てください」


人の群れとその目に映る寿命。きっと心を大きく乱す。そんなことはわかってる。ただ、今は必要なことだ。これで死んでも僕は嫌われて死ぬ。あとで秋内さんがきっとなんとかしてくれるから。


「なんで、そんなことするの」


小鳥遊先輩は涙を浮かべた。絶望の底で抵抗力を失ったかのように。


「先輩どんな気持ちですか。今、あなたは世界中の命をこの手で握りました。」

「こんな時に何を言ってるの」


現れた表情は怒りだった。僕に向けられた憤怒。あと一押し。


「完全犯罪を行える心歪病コントロールできたら便利じゃないですか。僕のとは違って」

「ふざけないで!」


心をほんとの意味でコントロール出来るやつなんてきっといない。ただ、確実に僕の寿命は縮まっていっている。

小鳥遊先輩は僕の頭上を見上げた。そして理解したのだろう。


「音無くんまさか……やだ!、やだ!」


いまだ進み続けているであろうタイマーに手を伸ばす小鳥遊先輩に僕は近寄った。なるべく優しい表情を心がけて。


「まだ、生きたいです。ほんの少しでも」


小鳥遊先輩の手は空をきった。俯いて、下唇をかんだ。


「なんで、こんなことしたの」

「みんなの寿命奪っちゃいそうだったから」

「1時間」

「え?」

「あなたの寿命よ、バカ!」

「結構ありますね」

「何言ってるのよ……ほんとはもう少し生きられたのよ」


僕の胸を優しくも重くバコバコと叩く。

痛いのは先輩でしょ。短くなったはずの寿命でも僕は感じ取ることが出来ない。だから優しくなれているのかもしれない。小鳥遊先輩を受け止められる。


あぁ、そっか。考える視点はそこじゃなかったんだ。どこかにあった違和感が水に溶けて混ざりあった。

これは大きなかけだ。文字通り命をかける。それに

小鳥遊先輩の得意分野で挑まないといけないのは難しいけれど。


「小鳥遊先輩最後のデートをしましょう」


園内にいては、小鳥遊先輩の心に大きな負担をかける可能性が高いため僕らはそこから少し離れた丘を登った。そこから階段を上り展望台のような所に来た。遊園地自体がかなり高地なこともあってそこからは街が見下ろせた。素直に綺麗だと思う。

早朝なこともあって、人もいない。心歪病のことも一旦小忘れられるといいなと思う。近くの自販機で飲み物を買ってベンチに座る。


「デートってもう時間はほんとにないのよ」

「最後に語らいましょうよ。夢を目ざしてこの地をさる彼氏とそれを止める彼女みたいに」

「何を言っているの」

「明日の13時江ノ島に行ってください」

「どうして」

「死なないで欲しいからです」

「死なないわよ私は」


乗り損ねた観覧車がずっと回っているのがここからは見える。だからどうということはない。ただ、なんとなくその一点を見ていた。


「小鳥遊先輩は初めてあった時から僕の心を読んでましたよね」

「わかりやすいだけよ」

「今何を考えていると思います」

「私はほんとに心が読める訳じゃないのよ。わからないわ」

「じゃあ教えてます。小鳥遊先輩美人なのに恋人がいないのは性格の問題かなーです。」

「殴られたいのかしら」

「死ぬので勘弁してください」

「ジョークがブラックすぎて笑えないわ」

「笑ってくださいよ。そんな顔しないで」


小鳥遊先輩は俯いているだけでどこも見ていない。

疲れた声でやるせなくそんな会話つまらないじゃないか。


「小鳥遊先輩お願いがあります」

「なに?」

「死ぬまでくらいちゃんと僕のこと見ていてください。」


時間はあっという間で、もうあまりない。立ち上がって目の前に立つ。


「あとどれくらいですか」

「2分42秒」


1歩また1歩と下がり柵におしりを乗せて空を見る。

朝の涼しい風が吹いて身を任せると上半身がふわりと重力に持ってかれるように頭から落下した。捕まっていた手は柵をなぞるように滑ってもう届かない。


「音無くん!」


最後に見えた小鳥遊先輩は顔を上げて驚いた顔をしていた。それと同じくして頭から落ちた。血溜まりが広まっていく感覚がする。目を閉じて小鳥遊先輩の絶叫を聞く。


「どうして、タイマーはまだ動いているのに」


階段を下る音がしてくる。小鳥遊先輩が近づいてくる。


「あぁ…0になっちゃった。音無くん……音無くん……嫌だよ。また1人ぼっち。そんなの無理だよ……」

「小鳥遊先輩タイマーもう0なんですね」

「おと、なしくん……」


足を折ってその場に座り込んで動揺している小鳥遊先輩を前に立ち上がる。


「生きてるの?」

「生きてますよ。この通り」

「だってタイマーはもう0だよ」

「つまり、そのタイマーにはそんな効力ないってことですよ。こうして僕が生きてるわけですし。」

「でも、明里は他の子達は」

「奇跡的にタイミングが重なっただけです。ここに生き証人がいます。もう、1人でいる必要はないです。」

「でもその頭大丈夫なの?」

「血のりです。自販機に仕込んでもらってたんですよ。デリバリーハピネスの人に。人生最大のドッキリを仕掛けたかったんですよ」


先輩は納得していないようだけど、死んでいない驚きが勝ってどうでもいいようだ。僕がしたかったことの種明かしをすればきっかけと原因を分けることだ。

心歪病のトリガーをどうにかすることはできなくても心歪病を無効にすることはできる。

心歪病とは心の病が形として現れてしまう。それが現状の僕の考えだ。そう考えたら、心歪病は大したものではない。問題さえ解決してしまえば治る。原因と向き合うことで僕の心歪病は治った。ただ、小鳥遊先輩は原因が無くなってしまったそう考えていた。


でもそれなら。じゃあどうしてまだ、心歪病は残り続けているのか。

きっかけと原因を分けて考えれば良いだけだ。

親友の死や恨みがきっかけならば原因は罪悪感だ。

だから証明してあげれば良い。心歪病と死は無関係なんだって、信じ込ませれば良い。それがたとえ真実ではないとしても。だから死んだふりをした。

タイマーが0になる瞬間まで。そして生き返ればそのタイマーに意味はなくなる。


小鳥遊先輩は明里さんの死でこのタイマーは寿命を見るものだと思い込んだ。それが形となっていたからタイマーは人を殺すものになっていた。ただ、今回僕が生きていたことにより小鳥遊先輩の心の中でそのタイマーは死を表すものではなくなった。それがたとえ嘘のまやかしでも私が殺したわけではないと思うことができれば小鳥遊先輩の心歪病は治る。これで原因はなくなった。


「小鳥遊先輩、僕の頭にタイマーはありますか」

「ないわ」

「これで解決しましたね」

「まだ色々と納得できないけど、知らない方が良いのよね」

「わかってくれますか」

「あなたの顔にそうかいてある」

「でも、これでようやく終わりです。僕と小鳥遊先輩はただの後輩と先輩の関係です」

「いえ、まだ終わりではないわ」


小鳥遊先輩はスマホを取り出して操作し始めた。

その動きが止まると笑ってその画面を見せてきた。

そこには高評価とコメントが添えられていた。


(最高の対応でした。素晴らしい贈り物をありがとう)


「音無くん。ありがとう、あなたのおかげで私は普通に生きられる。デリバリーハピネスを頼んで良かった。あなたと出会えて本当に良かった」


それは僕も同じだ。デリバリーハピネスがなければ関わることはなかった。小鳥遊先輩との日々は楽しかった。でも、小鳥遊先輩のこれからは普通に生きることだ。僕とは同じ学校の先輩と後輩に戻る。

だから今の言葉は口にしない。


「では今後ともデリバリーハピネスをご贔屓に」


最高の笑顔で応えると小鳥遊先輩は言った。


「過去をなかったことにするなんて出来ないのよ。だから私と音無くんはただの先輩と後輩の関係には戻れない。この先も私と音無くんの関係なのよ」

「かっこよく締めさせてくれませんかね」

「いやよ。私の生意気な後輩くん」



元天才女優とできた縁はデリバリーハピネスの依頼が完了しても続きそうだ。どこか喜ばしい気持ちの自分がそこにいた。ピコンと通知がなる。


ーーー

明日は久しぶりの再会ですね。

忘れずに来てくださいよ。

こっちに来ないで小鳥遊さんとデート

してたら泣きますからね。

待ってます。

秋内叶

ーーー


明日、会えるんだ。秋内さんに。


「嬉しそうね。秋内さんにでも連絡もらったの」

「明日会う約束してるんです」

「私も行く」

「え、でも」

「2人で話したい? 」

「積もる話もあるので」

「それでも行く。私も話したいことがあるの。商いさんにも音無くんにも」

「僕のなら今ここで聞きますよ」

「今は、いいわ」

「わかりました。伝えときます。明日の13時江ノ島ですけど大丈夫ですか」

「平気。11時頃に駅で集合しましょう」


僕と小鳥遊先輩はこの場所で別れた。帰りましょうかと言ったら先に1人で帰っててもらえるかしらと言われてしまった。小鳥遊先輩も色々整理したいことがあるのだろう。また、明日会うのだしきっと平気だ。


***小鳥遊清麗


音無くんの背中を見届けると、左の頬に一筋の雫が流れていった。


「演技勝負、これで引き分けね」


震えた声でそこにいない誰かに向かって言った。これが嬉し涙なのかもしれない。諦めていた心歪病が治ったことに対する。きっとそうじゃない。

最後まで伝えきれなかった。あの表情を見て、好きといえなかった。私は秋内さんに勝てない。お互い明日を生きられるようになって、ようやくちゃんと言葉にできると思ったのに怖くて、苦しくて、出来なかった。だめだなぁもう演技できないや。ぽろぽろと大粒の雫が地面を湿らせる。好きな人に別の好きな人がいるってこんなに辛いんだ。

良かったここに人がいなくて、ちゃんと泣ける場所で。声ももう抑えられないな。

音無くんごめんね。意地が悪くて、せめて秋内さんに会って見たかった。私の好きな人が恋している相手に。2人を想像すると気持ちはいっそうたかぶって嗚咽はましていって泣いてるのに全然気持ちはスッキリしない。

明日は上手く演じるから、この気持ちを言葉にできるまでもう少しだけ、そばにいさせて。その時はちゃんとフラれるから。

今はこう思わせて

明日をありがとう。救ってくれてありがとう。

初恋をありがとう。さよなら初恋。

全部あなたがくれたものだから。大切にするね。





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