第3話 魔法少女、バレちゃいました!?

クラスメイトの甘崎結心、

魔法少女マジカルスイートの戦いを

見届けた俺は、遅刻寸前になりながら

なんとか登校時間に間に合った。


陰キャでインドアな俺は当然体力など無く、

息も絶え絶え教室に入ると、倒れ込むように自分の席へと座った。


息を整えながら、俺は自分の前の席を見た。

そこには甘崎さんの後ろ姿があった。

サラサラのボブヘアーに一瞬目が奪われる。あんな戦いの後、さらに遅刻を免れるため

彼女も走って学校に滑り込んだはずなのだが、息が乱れている様子もなく、普段通りに

静かに席に座っている。


この子が魔法少女に変身して、魚の怪物と

戦っていた先程までの記憶が蘇る。

とても現実の光景とは思えなかったが、

俺はそれを眺めていたおかげで遅刻しそうになったので、おそらく現実なのだろう…。


考え込んでいると、担任の先生が教室に

入ってきた。これからいつも通りの長い

一日が始まるかと思うと、一気に現実に引き戻され、うんざりした気分になるのだった。


…俺は、授業中も甘崎さんのことが

気になってしょうがなかった。

アニメオタクの俺が魔法少女を目撃して

しまったのだ。しかもそれは前の席の女子。

こんな一大イベントを逃してしまったら、

俺は一生後悔すると思った。


本人に直接聞いてみよう…と、俺は

持てる勇気の全てを昼休みにぶつけることにした。大袈裟に聞こえるかもしれないが、

俺は陰キャだ。クラスメイトの女子となんて

まともに喋ったことがないのだ。


もはや魔法少女の件とは関係なしに、

俺は緊張しまくりだった。


『キーンコーンカーンコーン…』


授業終了のチャイムが鳴る。

ついに昼休みになってしまった。

心臓の鼓動が高鳴る。聞かなければ…。


なんとかして聞かなければ。ここで

聞かなければ、俺は一生、魔法少女に

関われるチャンスを失うだろう…と。

なんとなく、そんな気持ちに襲われた。


勇気を出せ…!聞け…!

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥…!

心臓が飛び出しそうだし喉はカラカラだ…。

もう半分ヤケになっていた。


彼女が席を立つ前に、俺は前に座っている

彼女に向かって「甘崎さん…!」と

呼び掛けた。


緊張のあまり声が裏返っていた。

そもそも、彼女の名前を呼んだのは、

これが初めてかもしれない。


「えっ…?な、何…?どうしたの…?」


明らかに様子のおかしい俺に、

甘崎さんは不安そうな表情だった。


もうここまで来たら後戻り出来ないぞ…!

勇気を出せ…!聞け、俺…!

俺は「魔法少女の件なんだけど…。」と

彼女に伝えた。


「えっ…!?」


「魔法少女の件って何…!?」


「ハッ…!?」


甘崎さんは慌てた様子で辺りを見渡す。

魔法少女というワードが、周りの誰かに

聞こえていないか確認しているようだった。


誰も聞いていないことを甘崎さんは

確認し終えると、キッ、と俺に向き直り、

冷や汗を流しながら小声で囁いてきた。


「あ…あのぅ…魔法少女とは一体

 な、なんのことでしょうか…?」


彼女はまだ、俺には正体がバレていないと

思っているようだった。

秘密を知ってしまったなどと伝えるのは、

本来控えるべきであろう…。


しかし、ここまで来たらもう正直に

全部話してしまうしかなかった。

彼女に合わせて俺は小声で、甘崎さんが

変身する瞬間を見ていたことを伝えた。


「うぐっ…!?」


「み、見てたの…!?

 私が変身するところを…!?」


甘崎さんは顔を真っ赤にして固まっていた。


俺は甘崎さんが変身した時の様子を

思い返していた。

そういえば…全裸になっていたな…と。


ふと甘崎さんの胸が目に入ってしまった。

制服のワイシャツの上からも膨らみが

確認出来る豊かな胸だ。

この下を見てしまったのかと思うと、

本人を前に、変な気分になってしまう…。


「うぅ〜〜〜…っ!」


そんな俺の下衆な視線には気付かず、

甘崎さんは可愛く悶えている。


「あ、あの…っ!?見てたって、

 ど、どこから…!?どこまで…!?」


「さ、最初から最後まで…っ!!?」


秘密を知られたのがマズいのか、

裸を見られたのが恥ずかしいのか。

凄まじいうろたえっぷりに、俺は少し

笑いそうになってしまった。


「あ、あのぅ…。」


「わ…私が魔法少女だってことは、

 他の人たちには絶対に秘密にして

 欲しいんだけど…。」


やはり知られてはマズいことだったようだ。

それはそうだ。あんな派手な格好で

怪物と戦っているのだ。

正体がバレたら、さぞかし面倒なことに

なるだろう…。


なんとなく事情を察しながらも、とりあえず

彼女に尋ねてみた。


「な…なんで秘密にしないと駄目なのか

 って…?」


「だ…だって恥ずかしいじゃん…。」


「高校2年生で魔法少女なんて…。」


そ、そこ…!?


予想だにしない理由にずっこけそうに

なった。俺は魔法少女の年齢のことなんて

全く気にしていなかったのだが、彼女は、

高校生の自分が魔法少女をやっていることが恥ずかしいと感じているようだった…。


「魔法ってだけでも恥ずかしいのに、

 少女って付くのが恥ずかしくて…

 来年、成人なんだよ私…!?」


アニメの世界には、大学生の魔法少女

なんかもいるのだけど…。と彼女に伝える。


「え…?魔法少女のアニメには

 大学生の魔法少女が出て来るの…?」

 

「それはアニメの話でしょ…!?」


「き、君っ…!これは現実で!アニメとは

 違うんだよっ…!?」


ごもっともである…。しかし、

アニメの世界には、甘崎さんの周りを

浮遊していたプニョプニョした生物みたいな

キャラクターも登場するのだと伝える。


「プニョみたいなキャラクターも

 アニメに出て来るの…?ほんとに…?」


あの生物はプニョという名前らしい。

またそのまんまなネーミングだな…。


「私、あんまりアニメとか観ないから、

 そういうの詳しくなくて…。」


アニメを知らないという彼女に、俺は

オタクの知識を彼女の前でひけらかした。


「え…?プニョみたいなキャラクターは、

 勝手な行動をして主人公を困らせる

 タイプの子とか、実は何か良からぬ

 ことを企んでいて、魔法少女を利用する

 タイプの子とか、いろんなタイプの

 キャラクターがいるって…?」


「へ、へぇ〜…。そ…そうなんだぁ…。

 でも、プニョはそんなことするような

 子じゃないと思うけど…。」


「今も私のカバンの中で、大人しく

 眠ってくれてるし…。」


俺はハッと我に帰る。しまった…。つい、

早口でアニメの話をしてしまった…。

これがオタクの悪いクセなのだ…。

俺は慌てて話題を変える。


「え…?魔法少女の私は普段とキャラが

 違うって…?」


「あれくらいテンション上げないと、

 やってられないんだって…!

 私じゃない、別の人を演じるような

 気持ちじゃないと…!」


「服だってさ!あんなフリフリで…!

 似合わないのにあれしか着れないから

 困るんだよっ…!」


「髪だって勝手に凄い伸びて!

 ピンク色になるんだよ!?

 しかもツインテールって…!?

 もうめちゃくちゃだよ魔法少女…!」


魔法少女のリアルな心情が聞けることに、

変な感動を覚えている自分がいる。


「あんな格好、私には似合わないよ…!」


「そ、そんなことないよ…。」と口から

漏れてしまった。だって、本当にとても

可愛かったのだから…。


「えっ…?」


「に…似合ってた…?す…

 凄く可愛かった…って…。」


「そ…そんなことっ…。」


さすがに可愛いは攻めすぎたか…。

会話の流れでつい口から出てしまった。

俺はドン引きされてしまったかと恐れた。


「…う…うぅ〜…。」


「あ…ありがと…。」


「嬉しいよ…。秘密にしてるからさ…。

 褒めてくれる人なんて誰もいなくて…。」


可愛いのは変身した後だけじゃなくて、

今もなんだけど…。と、言いたいところ

だったが、さすがにそこまで言う勇気は

俺にはなかった。


「魔法少女のことがバレたら

 どうしようかと思ってたんだ…。」


「嫌なことを言われたり、馬鹿にされたり、

 脅されたり、そういうことされるんじゃ

 ないかって、不安だったから…。」


「でも、バレたのが君で良かったよ…。

 君、良い人だね…!」


そう言うと彼女はフフッと笑った。

容姿は可愛いと思っていたが、話してみると

内面もとても可愛い人なのだと思った。

胸の高鳴りが激しくなるのを感じる。


「それじゃ…私、お昼食べるから…!」


「魔法少女のことは、絶対絶対、

 秘密だからね…!」


心の奥底では良かったら一緒に食べない…?と誘おうとしている自分がいたが、

そんな勇気は到底なかった。


しかし、彼女と秘密を共有していると思うと、なんだかドキドキしてしまう…。


自分の全てを出し切った俺は疲れ果て、

甘崎さんとのやり取りを思い出しながら

昼食など喉を通る訳がなかった…。

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