第241話・産土の音

 最後には天御中主あめのみなかぬしまで放送に割り込んできて、言うのだ。


「ささ、皆もう行きなさい。祭りが始まる」


 クー子たちの祭り、神代歌祭かみよのうたまつりが始まる。主催は稲荷、だからクー子はここ一番、今日一日は頑張らねばならない。


「「「はーい!」」」


 でも、なんだかんだ言って、それは楽しい祭りである。頑張っている側に、頑張っている自覚がないのだ。


「お? 待てよぉおおおお!」


 女神達の黄色い声についていけなかった素戔嗚はワンテンポ遅れて配置に向けてかけていく。


「さて、空の子らよ。僭越ながらこの天御中主あめのみなかぬしが解説しても良いか? あぁ、是非ともくつろいで、見て楽しんで行かれよ!」


 天地開闢てんちかいびゃくの神が放送に出てきたものでもう大変である。神職や神話を知る人たちは、緊張して物を言えなくなってしまった。


チベ★スナ:ぬら・ネアンデルタールマネージャー!

コサック農家:神にそんなこと言って大丈夫!?


 ある程度疎いと、天御中主あめのみなかぬしと言う神の知名度はぐっと下がる。古事記の冒頭に、ほんの少しだけ描かれる神なのである。


「よいよい! 空の子は愉快である! この、天御中主あめのみなかぬしも談笑の輪に入れておくれ! それはそうと、ぬらりひょんは私で、私はすべての神のマネージャーと言える」


 だがそこはさすがの神。随分と気さくでお茶目である。

 やがて、太鼓の音が木霊する。それを叩くのは、素戔嗚。


「さて、解説を始めよう。神鳴太鼓かむなりだいこと言ってな、水の神が鳴らす決まりであり、始まりに邪気を吹き飛ばす音である。音切りおとぎりとは、ほれ、神社で手を叩くだろう。これは、それだ!」


 神代歌祭かみよのうたまつりは、とても重要な祭りである。一歩間違えば、最悪の侵略生物が生まれてしまうのだ。現存するちゃちなものでは収まらない。いっぺん残らず灰にしない限り蘇る悪夢の生物が産まれる。


 それほどのリソースが供給されるのだ。それを神々の力で実りの力に程よく変換していく。病に強くあれ、そしてたわわに実れと幾重にも願いを込める。

 次に薪を持った神の行列が、巨大な井桁のように木を積み上げていく。そして、最後の神が火打石を持ち、小さな火が起こり、やがて大火となった。


火切りひぎり! 幾重にも幾重にも穢を祓い、万全を期して挑むのである! さぁ、始まるぞ、空の子たちの祭りの源典の一つ、神代歌祭かみよのうたまつり!」


 まるで誘うように、天御中主あめのみなかぬしは語気を強め、そして祭囃子まつりばやしが響き始めた。

 やがて神々は声を合わせて歌い始める。本当に本当に、この世で最も古い田植え歌を。


『イツァラウェ、イツァラウェ、キノネヨ……』


 声は響き、音に満ちた世界のはずなのに、それはどこか静謐せいひつで、視聴者たちはコメントを忘れた。


「君たちに伝えているのだ。どうか仲良く手を取り合っておくれと。我々神は、それが好きなのである。ただのエゴの押しつけに過ぎないが、願いは口にせねば伝わらぬのも事実なのだ」


 それは神が最初に遭遇した言語。原始サピエンス語とでも言うべきものである。

 かつて神話が一つであったのであれば、言葉もまた一つであった。生きるために必要な全てに感謝を捧げ、それがやがて信仰となり、国を作った。

 この言葉は、常用されなくなって久しい。だが、この歌だけはどの神でも歌えるのだ。教わりもしないのに何故か……。

 日本語に聞こえ、シュメール語に聞こえ、ヘブライ語に聞こえ、ラテン語に聞こえる不思議な発音である。


『アラタシ、ネノトゥラ……エミルレパ、ナマシナマシ、ウズメパ。エヴィカサウンタヘラ……』


 それは混沌としている。違う意味を持つ言葉でも、同じ音を持っていたり、故に複雑な発音をして一音にこれでもかと意味を込めたり。


「田植え歌の始まりの話だ。空の子らの笑顔がみたい、きっとそうなるだろうと思えばこそ歌を作ろう。ただの苦行で終わってしまわぬように。そんな歌である」


 天御中主あめのみなかぬしが訳さねば、誰もそれを理解できないだろう。それはもはや痕跡すらも消え失せた、文字言語と人間の接触前の言葉である。


『ツツィヨ……ウンタヘラ……。アンキエ、アンキエ……アシェガルネトゥラ……エミルタール……エヴン』


 歌は進む。幼い神々は、なぜこれを歌えるのか理解していない。だが、渡芽わためにだけなんとなく分かった。

 その音は、人類開闢じんるいかいびゃくからの歴史のとても長い期間使われていた。人類がアフリカを脱する前からずっと。だから、人の形に、肉に、そして人を経験した魂に必ず刻まれるのだと。

 神となり、それが蘇って勝手に覚える神代かみよの歌。


「土が歌う生命の歌よ、天地を結べ、そして実れ。子等の笑顔が見たいのだ」


 そういう神の意思が込められているのだ。それは音ではなく、意思として伝わる。

 神々のこの歌の言語は古い神の同士で喋ると時折出てくるのだ。神々は覚えている、宇宙開闢から今のこの瞬間までの歴史を。自分の見た中で印象的なものだけかいつまんで。


 それは、日常の一幕であったり、歴史が大きく動いた瞬間だったり。

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