第240話・勇ましくなりにけり

「さ、こんこんにちはー! っと! ミカちゃん改め、宇迦うかちゃん……。つまり、みんな大好きお稲荷さんだね!」


 小袖にわら帽子でくわまで担いで、宇迦之御魂うかのみたまは本来の姿で現れる。のじゃロリ狐ではなく、ただありのままの姿で。

 わら帽子と言っても、それはそれは古い古いデザインである。強すぎる日の光から身を守れれば十分の菅傘である。


「こんこんにちはっていうの?」

「お、俺が写ってやがる! なかなかに清々しいじゃねえか!」


 宇迦之御魂うかのみたまに続いて、二柱の神が放送にひょこりひょこりと現れる。三貴子のうち、昼に在る神だ。


マジコイキツネスキー大佐:高天ヶ原たかまがはらでこの口癖って……

!!KANNUSHI!!:大和にて神に仕える者として、これほどの光栄がありますでしょうか

SAW:確か、地蔵菩薩じぞうぼさつ様は素戔嗚尊すさのおのみこと様の元におわすと……


「紹介するよ! こっちが、素戔嗚尊すさのおのみこと! アタシの父様だ! んで、こっちは天照大神あまてらすおおみかみ様! アタシにとっては姉も同然の人で、最近高天ヶ原たかまがはらに帰ってきてくれたんだ!」


 それはそれは、宇迦之御魂うかのみたまにとって嬉しいことである。だから、それを口にするときついつい宇迦之御魂うかのみたまは幼子のようになってしまう。喜んで、はしゃいでしまうのだ。


「日の子のみなさん! おはようございます! 天大孁貴照洲国神あめのおおひるめてらすくにのかみです! 長いのでテルちゃんで行きましょう! あ、大日如来だいにちにょらいでももちろん大丈夫!」


 天照大神あまてらすおおみかみは正式な名を一応伝え、それがあまりに長いもので略称を伝える。そのあまりに馴れ馴れしいことで、神職系視聴者たちは面食らってしまうのだ。


「いいよな姉貴……俺、仏やってねぇんだよ……」


 素戔嗚すさのおは愚痴っぽく、姉である天照大神あまてらすおおみかみに冗談交じりの嫉妬の目線を送る。

 クー子は画角を奪われて、後ろからあわあわしながら見ているが、宇迦之御魂うかのみたまが代弁をしてくれるのだ。


「父様! 自己紹介しておやりよ!」


 後ろでほっと、胸をなでおろすクー子はしっかりと写っていた。


「あぁ、そうだった! 俺は、建速素戔嗚たけはやすさのお! 水の子たちは特別に、スー君って呼んでいいぜ!」


 そうのたまって、津波が如く笑う。昼の神々は明るく活動的なのだ。

 原初の一歩手前、古い古い信仰の神。太陽と水の神である。人が成長に、絶対不可欠なのがこの二柱であり。また、それだけでは疲れてしまうので、休む時を与えるのが、最後の一柱である。

 だからこそ、水の子にはすべての命が含まれている。特別にと言っておきながら、誰でも呼んでいいということだ。


オジロスナイパー:日本神話の神々ってすっごい気さく?

チベ★スナ:かもしれん! でも、素戔嗚尊すさのおのみことはかつて……

まっちゃんテンプラ:やめましょう……


 チベ★スナは素戔嗚すさのおの荒ぶる時代をどう表現したら失礼にならないかわからず、察してもらうのを選んだ。


「やめてくれって! 水の子も患うだろ? ありゃ、厨二病期で反抗期だ!」


 それを笑って返す素戔嗚すさのおであった。自身の黒歴史を書に誇張して書かれても怒らない程度に丸くなった神である。気さくに決まっているのだ。

 神はさらに現れる。と言うより、放送が高天ヶ原たかまがはらを写す以上、人物はおらず神仏が居る。だから、ただ通り過ぎていく全てが神なのだ。


「クルム様……。まもなく開始にて、それまでご興味あればこちらを」


 渡芽わためを心から慕うようになった神、伊邪那岐命いざなぎのみことである。

 高天ヶ原たかまがはらの田の畦にこそ、それは植えられている。今ではあまりその風習を残している地域は少ない、彼岸花である。


 毒草ではあるが、その毒のほとんどが水溶性で、水に溶けないデンプンを分離することができる。この彼岸花を調理する時に、デンプンだけが底に粉として沈殿するが故に、澱粉デンプンとなったのだ。

 少しだけ、シュウ酸カルシウムを含むものの、それは蒸して調理することで取り除ける。飽食久しく、ほとんどの人は忘れたが、アイヌに残る知恵である。


「ん! ありがと!」


 渡芽わためもすっかり伊邪那岐いざなぎのみことを許していて、ただ道先としてはしっかりと態度をとらねばならない。


「ささ、クー子様も」


 渡芽わためが道先になった以上、伊邪那岐いざなぎにとってはクー子も尊敬せねばならぬ神だ。悔い改めて、八栄えの世でまた邁進したい。そんな気持ちもあって、伊邪那岐いざなぎのみことの腰は低い。


「あ、ありがとうございます……」


 ただ、クー子はなれないのだ。渡芽わための順応力がずば抜けているだけである。


「あなた方にもございますよ。ささ、妻と仕込みましたゆえ!」


 そして、その尊敬すべきは、家系図を遡った我が子らにも向かう。


「やめてよ……。ととなんだから……」


 パパのようなノリで、天照大神あまてらすおおみかみは父と呼ぶ。


「……慣れねぇ」


 素戔嗚すさのおのみことは絶望的な目をしていた。


マジコイ・キツネスキー大佐:父!? 伊邪那岐命いざなぎのみこと!?

コサック農家:やべぇ、高天ヶ原たかまがはらの権力図がわかんねぇ……

!!KANNUSHI!!:あれ? あれ?

SAW:どうしたことなのでしょう?


 全員困惑する。そりゃそうなのだ。


「私は今、再出発中です。名を勇成木イサナキと改めまして、人の子にかけた苦労、償ってまいります!」


 改めたは少し違う。彼は思い出したのだ、自分の本当の名前を。

 勣和実イサナミつむいだいだなごみの果実を得るには、勇成木イサナキ、時に大樹の如く揺るぎない勇気が不可欠である。

 イツァ、イチャイチャの語源である言葉と同時に、二つ合わせて一つになる名前がかつて贈られていた。


「ん……素朴? 無骨?」


 そんなことはさておき、渡芽わため伊邪那岐いざなぎからもらった彼岸花団子を食べていた。味噌だれがかかっていて、美味しいとは言えるのだが、非常食感が否めなかったのである。

 やはり、これは非常食なのだ。


 後から毒抜きした毒草であると聞いて、面食らう渡芽わためであるが、でもそんな時代に比べれば自分の幼少期も幸福かとも思う。

 物質的な豊かさはいくら積み上げても本当の幸福に届かない。外見だけでは判断できない、心にこそ財産は宿るのである。

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