第239話・田打神遊

 神社の神主たちや、神凪や陽から帰ってきたメッセージは、クー子は神であると言う情報の露出を許容する意見であった。

 結局クー子は放送を断ることはできないのである。


 別段クー子は放送自体が嫌というわけではないのだ。嫌なのは、つい先日神ではないと宣言してしまった矢先であることだ。舌の根がまだビチョビチョである。


 せめて乾くのを待って欲しかっのだが、稲荷例大祭日程は今年は延期できない。その日、大安で、鬼宿日で、神吉日かみよしびで、母倉日ぼそうにちで、一粒万倍日だ。最強田植えデーである。大安と鬼宿日で、安全対策は万全。神吉日だから、祭りにはもってこい。母倉日は、女神の力が増す。しかも一粒万倍日なのだ。この条件がそろった日だけは稲荷に喧嘩を売ってはいけない。天照大神あまてらすおおみかみですら、ちょっとドン引きする程度の神通力がみなぎるのである。


 放送開始、だがクー子はいつまでたっても映らず、代わりにひょこりと渡芽わためが現れた。


「こんこんにちはー! わたー!」


 クー子なのだが、舌の根ビチャビチャ前言撤回が恥ずかしすぎて顔を出せないのである。


マジコイ・キツネスキー大佐:あれ? クー子ちゃんは? てか、いつもと背景違うね? 田んぼ?

コサック農家:コブシ咲く……なんつってね! 田打ち桜とも言って田おこしの季節に咲く花なんだよ。だからこの背景じゃない?

チベ★スナ:さすがコサック農家! 小作人だけに季節に敏感だぜ!

コサック農家:不名誉なこと言うな! このコサックはコサックキツネのコサックだ!

!!KANNUSHI!!:お祭りに参加させていただくわけでございますが。斯様にご様子を拝見できるのは光栄でございますよ。

オジロスナイパー:またなんか息がかかってる勢が現れたwwww


 そう、まだである。まだクー子はもふもふ一般VTuber扱いなのだ。


「こ……こんこんにちは……」


 そこへ、えらく元気のないクー子の声が電波に乗る。


「クー子……顔出す!」


 クー子は渡芽わために引きずられて放送画面へと現れた。

 ……少し涙目であった。


「ごめんなさいいい! 私、神です! 皇室の人たちに祝ってもらった駆兎稲荷大孁狐毘売かけうさいなりのおおひるめのきつねひめです……」


 手のひら大返し、恥ずかしいことたまらなず。そして、罪悪感も一入である。

 駆兎稲荷大孁狐毘売かけうさいなりのおおひるめのきつねひめというのは、正式なクー子の今の呼び名だ。渡芽わためと結婚して、大孁おおひるめが名前に入ったのである。


スイフト:なかないでください。

そぉい!:あなたが泣けば、空も泣いちゃいます(狐の嫁入り)

!!KANNUSHI!!:その歌知ってる方って、もはやご存命です!?

SAW:あなたも私も御仏も、存命にございます。

ヨハネ:お坊さん、ノコギリになっちゃってる!!!

まっちゃんテンプラ:おそらく、意図せずかと思いますが……。

ポリゴン:魔術師揚げちゃいました!!!

マジコイ・キツネスキー大佐:あれ? さらっと流されたけど、クー子様は神様ってことでFAファイナルアンサーなの?


「はいぃ……実は稲野隠森稲荷大社いなのかくしもりのいなりたいしゃ幽世かくりよに潜んでる、正一位、駆稲荷の主神です……」


 ある意味超大物である。VTuber的な知名度は現在は大したことはないが、それでもこの大物っぷりは他のVTuberでは真似できないだろう。まず、神にならねばならない。


「ん! 自慢のクー子!」


 渡芽わためはそう言って、ふんすと胸を張る。

 その時ばかり一瞬、コメントは完全に停止していた。クー子はそれを固唾を呑んで見守る。大嘘ぶっこいていたのだ、批判されてもしかたない。

 だが、帰ってきたのは大和民族らしいドンチャンとした雰囲気のコメントだったのである。


マジコイ・キツネスキー大佐:言質キタ――(゚∀゚)――!!

オジロスナイパー:祭りだ祭りだ! ガチの神遊びだああああああああああああ!

チベ★スナ:あれ? 俺たちやばくね? 散々神をイジり倒しちゃったぞ?

ヨハネ:ヤハウェ……神じゃなかった……

まっちゃんテンプラ:神々が戻っていらっしゃったのです。あぁ、我らが悲願よ。いと尊き神秘よ……

!!KANNUSHI!!:拝見できるというのに、見ないというのは冒涜かと思いましてね……。

SAW:ヨハネさん、どうか落ち込まれませんよう。話によると、御仏も高天ヶ原にはいらっしゃるようなのです。ヤハウェ様もきっと……


「あの……嘘ついちゃったのは、これまでイジってもらったのと相殺とか……無理かな?」


 クー子は続いて、キリスト教の説明に移ろうとするが、コメントは怒涛である。


コサック農家:【朗報】神が、神がかって優しい【当たり前?】

そぉい!:マジで神居んのかよ……。いや、そんな予感してたけど……。

ポリゴン:スピリチュアルと量子力学のリンクとか、謎に裏付けてたよなw

マジコイ・キツネスキー大佐:相殺でお願いします!


 流れ流れてもうどうしようもない。昔からの視聴者に神職系視聴者に。


「あ、相殺ありがとう! それでヤハウェなんだけど、八栄えって言ってね、そういう神様はいないけど、神々にとって一番大事な概念。八紘一宇はっこういちうもこれが元になった考えだよ! すべての神話は、ここから始まったの」


 それは昔々、神々がまだ言語に音をもたなかった時代の話。クー子が生まれるよりもずっとずっと前の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る