第237話・高天会議

 次の日である。クー子女性神族の礼装でもある水干に身を包み、水引という髪留めでくくって渡芽わためとみゃーこを伴って高天ヶ原に来た。

 袴は正一位として、公式の場で着用を義務付けられている紫に白紋。渡芽わためは超越神階の白に白紋である。みゃーこは紫に紫紋の従一位の正装だ。

 クー子は高天会議を、公式の場と思っていたのだ。そして、失念していたのだ。神々のユルさを。


「クー子よく来た! こっちだこっち! ほんとよく来た! 随分と……めかし……こんで……」


 よって、出迎える宇迦之御魂うかのみたまの声は先細りになる。割と皆、ラフな格好だったのだ。素戔嗚すさのおなんて、水干の一番上から着る狩衣を着ていない。袴だって小袴だ。

 木花咲耶毘売このはなさくやひめは小袖だし、瓊瓊杵尊ににぎのみことも割と着崩している。

 一瞬はやってしまったと思ったクー子ではあるが、畏まった服装が二人いた。伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみである。二人は、本当に居住まいを正して座っていた。


「あれ? 高天会議って……」


 クー子が困惑した顔をしたところ、宇迦之御魂うかのみたまは頭を抑えた。


「言い忘れた。すまない。春頃は和気藹々わきあいあいさ。綺麗事語って盛り上がる時期だね。んで、冬に向けて意識をしっかりと締めていく。そうして、現実に綺麗事を落とし込んでいくのさ。ま、神だから政治も気長にね!」


 そういう空間なのだ。春は期待に胸を膨らませる時期。期待がなきゃ、頑張ろうなんて気にもならないのである。


「そうだったんですね。今度、服装とかのこといろいろ教えてください!」


 クー子が言うと、宇迦之御魂うかのみたまは大いに喜んだ。


「いつでも頼っておくれ! そのための先達だからね!」


 神々は懐が深いのである。

 やがて神々はどんどんと集まる。集まりきるすんでのところで、玉藻前たまものまえがみゃーこを台所に呼び、集まりきっては料理を運んできた。海鮮に山菜にと、色とりどりの食卓である。

 みゃーこは、少しだけバツの悪い顔をしていた。やはり、クー子はヤっちゃっていたのである。


「さて、皆の者よく参られた! 国司くにのつかさとして、ここに春の高天会議開催を宣言する! まずは、祖神たる、二人より!」


 大国主おおくにぬしが音頭を取り、会議は始まった。最初に、伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみが前に進み出て、頭を深く下げたのである。


「天地乱れてより長く。我ら夫妻、いがみ合っていた事をお詫びします」

「これより手を取り合い、共に邁進する為、我が子らと、その教え子たちの力をお借りしたく。畏まって、申し上げます」


 二人はとても畏まって挨拶をしたのであるが、それは慶事けいじだ。長く続いた祖神達の夫婦喧嘩は、ここに終焉したのだ。


「「「おおおおお!!!」」」


 よって、神々は盛り上がる。


「いくらでもお貸しいたしますよ!」

「一丸となりましょう!」


 方々からは、歓喜の声が鳴り響き。正一位の全てがそれを祝福した。

 そう、この報告とお詫びのために、二人は礼装を纏っていたのだ。これにて一件落着と相成ったのである。


「良かったぁ……」

「泣くな姉貴……」

「スー君も泣いてるじゃん……」


 この二人にとっては心から感慨深いものである。かつて兄弟喧嘩したときの引き金は、素戔嗚すさのおが母に会いたいと泣くからであったのだ。

 今やいつでも会える。心配事は綺麗さっぱりと消え失せた。

 よって、綺麗事が支配する時間が訪れる。


「じゃあ最初の議題です! 豊穣大明神が任期満了を迎えましたが、次にどなたを推薦しましょうか!」


 そんなこと、満場一致で決まっている。億年単位でずっと善政をしいてきた神が推されるのだ。


「「「宇迦之御魂神うかのみたまのかみ!!」」」


 それはまるで祭りの掛け声のようである。一応は政治だというのに賑やかで和やかである。これで大丈夫なのだ。なにせ神だから。


「はい! では、次の豊穣大明神も宇迦うかちゃんです! 異論ある神は?」


 まるで、アイドルとファンが掛け合うように、天照大神あまてらすおおみかみと神々が掛け合う。


「「「異議なし!」」」


 レスポンスにはクー子たち駆稲荷も参加した。クー子もようやくわかってきた、この高天会議というものが。


「で、宇迦うかちゃんから、次の議題発案があります! って、みんな知ってるよね?」


 こんな大切なことだからこそ、ドンチャン騒ぎに和気藹々わきあいあいで決めているのだ。

 当面のことは実現可能かどうかも含めて考えて、未来のことはゆっくりと時間をかけて考える。そこらへんは、宇迦之御魂はわきまえていて、実現不可能なことは口にしない。


「「「神代歌祭かみよのうたまつり!!」」」


 実現可能であれば、そんなもの毎年やりたいのが神々である。稲荷の系列で主神が増え、体調も万全。満を待して、行える。神々はその時点でお祭りムードだ。


「あー、すまん。それでなんだけどね、クー子に祭りの様子を放送してもらおうと思ってるんだが、大丈夫かね?」


 だが、当然議論はしっかりとする。

 宇迦之御魂うかのみたまの発案に、神々は一気に静まり返り、空気はピリリと締まった。

 一旦和気藹々わきあいあいは休題。議論の時間である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る