第236話・寛容への憧憬

マジコイキツネスキー大佐:おっ! 話題の巨大白わんこ、ヒメちゃんだ! わんちゃん、大口真神説

チベ★スナ:やめとけって! うっかり言い当てたらどうする?

オジロスナイパー:そうだゾ、あんまりからかうと神罰ゾ


 残念ながら視聴者たちは言い当てていた。巨大白わんこことヒメちゃんは、大口山眠毘売真神おおくちやまたべのひめのまかみが本名である。大口真神その人だ。


「あ、えっと……ほら、海外の子でおっきい子いるじゃん! あれの日本版がヒメちゃんなの!」


 クー子は焦りながらも、人間の価値観に無理やり当てはめる。


「もふもふ一般わんこ!」


 だが、渡芽わためのこれの説得力を凌駕できないのである。

 渡芽わためはすっかり味を占めて、もふもふ一般○○といったワードを連発する。


コサック農家:ならしかたない!

そぉい!:ロリの説得力よwww


 視聴者たちもクー子の影響を受けて、大概子煩悩化しているのだ。

 クー子という存在が源流になって、次の親世代が子煩悩になる種を植えた。愛そうという意思はやがて、本物の愛になる。幾代もかかる場合もあるし、一代でそうなることだってある。

 子供というのは、親の意思に驚く程敏感なのだ。


「ほら! ハチくんも居るよ! ふるさと村の謎看板犬!」


 犬種として、ハチは柴犬である。ただ、柴犬らしからぬ性格をしている。神であるが故だ。


「遊んでくれる!」


 子供とも遊んでくれるし、もちろん渡芽わためとだって遊ぶ。神々らしい、お茶目で遊び好きの性格が今のハチである。


ポリゴン:稲野ハチ公!

まっちゃんテンプリ:彼は素晴らしい犬です! 触れ合いの中で、心が満たされます!

ヨハネ:Shiba!! 可愛いよね! 最高だよ! しかも、賢いって聞くよ! ふるさと村で会えるの?


 柴犬の海外人気は非常に高い。遺伝子的に狼に近く、顔立ちがきりりとしてるのだ。加えて、主人と認めると、強い忠誠心を抱く。性格はイヌ科特有の騎士っぽさを持っているのだ。

 しかし、ハチは神である。目で感情を訴えかけ、叱ったり褒めたりと保育に手を貸したりもする。まっちゃんテンプリの拠点も訪れていて、教導の手助けをしたりもしていた。家守の中でも古株なのだ。


「うん! 会えるよ! たまに会えない日もあるけど……」


 ハチはほとんどの時間をふるさと村でのパトロールに当てている。パトロールの仕事中に子供と遊んでいるのだ。昔の日本人の仕事などそんな感じである。意識はそんなに高くないのだ。和気藹々わきあいあいが大好きなのである。


 そもそもピリピリとした雰囲気が苦手なのは、人の常。一番能力の低いと言われるあの人が切られた、次は自分かも知れない。そんな風に思う人だって少なくない。

 誰しも自分は特別と思いたいが、それと同時に周囲との融和ゆうわすることも望んでいる。常にどちらの感情も存在し、優位の感情が表出するに過ぎないのである。どちらも、生存本能が根本の感情である。


「クー子、これ、出したい!」


 渡芽わためは自分セレクトで思い出を画像として出す事を望んだ。


「えっと……これ、画像出してるの術って設定だから! 視聴者さんには術の使い方を見せたりできないから! だから、文字でごめんね……」


 クー子はいつもの板を術で作り出して、そこに絵と文字の両方で使い方の解説を映し出す。だが、こういう時、クー子はポンコツなのである。


チベ★スナ:見えてる見えてる!

オジロスナイパー:いや、術ですよって言う視聴者の没入感のために、見えるようにしてくれてるんだよ!

マジコイ・キツネスキー大佐:マジかよ、クー子ちゃん最高か?


 だが、視聴者たちは神ではない可能性の方を軽視している。だが、神が神ではないと言っているのだ。ここにいるときは普通のVTuberとして接しよう。それが、視聴者たちの暗黙の了解である。だから、神説を流布して、暴きたい新規を招いたりはしない。クー子の視聴者らしい精神性だ。


「うん! そうなの!」


 クー子にとって、バカみたいに都合のいいことである。


「ん! ハチと遊んだ!」


 見て、渡芽わためは術を理解して、画像を画面に出す。それは、クー子と渡芽わため、ハチに山眠毘売やまたべのひめと四人で遊んだ画像だ。


コサック農家:心がほんわかするんじゃぁ^~

ヨハネ:これだから日本は……。親日をやめられる日は永劫来なそうだ

まっちゃんテンプリ:心温まります。ひだまりの如き心地よさです。


 視聴者たちはそれを見て、ただただ癒される。癒しなど、いくらでもあって良いのだ。

 だが、新規というのはどこからともなく現れるもの。


ダーウィン:あなたは大和の神々の一柱ですか?


 そして、慇懃無礼であることもしばしばだ。


マジコイキツネスキー大佐:よしちょっと、お話しようか?

ヨハネ:神を試みてはならないという、聖書の名言を知らないのかよ!?

そぉい!:ヨハネが割とガッツリ日本のサブカルに犯されてて草

オジロスナイパー:神だとして、神じゃねえって言ったら、神じゃねえとして扱うのが正解じゃね? アンダースタン?


 そして、それを自治してくれる視聴者もいたりする。行き過ぎなければ良いのだ。

 オーバーサンクションにならないように、何事も程度が肝要だ。


「というわけで、私、クー子は神じゃあありません!」


 それをすぐに撤回することになるとは、クー子は夢にも思っていなかったのだ。

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