第233話・まつり事

 朝食を食べて一泊二日のプチ新婚旅行を終えて、幽世かくりよにクー子が帰ると、みゃーこが天照大神あまてらすおおみかみに抱き上げられていた。


「助けてくださいー! クー子様!」


 かえってそうそうこの光景である、クー子は顔がチベスナになってしまった。


「何してるんですか? 天照大神あまてらすおおみかみ様……」


 普段は天道を歩いている日本の最高神が、ここで油を売っているのだ。しかも、である。見た限りみゃーこにダル絡みしている。

 クー子からしたら都合がいい部分も大いにあって、渡芽わための事を相談するに天道に赴く必要はなくなった。


「嫁にもらおうかなって……」


 渡芽わため天照大神あまてらすおおみかみのその言葉を聴いて、もはや納得した。尊い神々は、仕事中は威厳があったとしても、いざそれ以外の時に出会うと気さくなのだ。威厳は少し消え失せてしまうが、もはやそれも親しみと感じていた。

 クー子に、チベスナ顔で見つめられた天照大神あまてらすおおみかみは観念して本当の要件をいうことにしたのだ。


「本当は、クー子ちゃんに高天会議たかまかいぎに出席して欲しいの。ちょうど豊穣大明神ほうじょうのおおあけのかみが任期転換で、任命式もあるし。議題として、次回の稲荷例大祭いなりれいたいさいの形式議事も上がったから」


 高天ヶ原たかまかいぎの政治は、日本によく似ている。内閣総理大臣に相当するのが国司くにつかさであり、農林水産大臣に相当するのが豊穣大明神ほうじょうのおおあけのかみである。そして、これを稲荷が長く務めたため、稲荷大明神いなりだいみょうじんと呼ばれるようになったのである。


 任期は十八年八期。神々、八が大好きである。

 この任期十八年というのが、十八番おはこの語源の語源である。歌舞伎役者が、これにあやかって十八番目じゅうはちばんめに得意芸をぶつけたのだ。


 八という数字は末広がりだったり、無限の意味を持たされたりと、とにかく縁起が良い。よって、八が組み込まれるしきたりは非常に多いのだ。そして九は苦となって縁起が悪いため、しきたりにあまり登場しない数字である。


 前回の任命から百四十四年が経過し、再び任命の時期である。どうせ任命されるのは宇迦之御魂うかのみたまなのだ。畑のプロフェッショナルなのは、疑う余地がなさすぎる。


「分かりました! 出席しますね!」


 尚、開催日は明日である。会議といっても、議決がスムーズであり、時間は取られない。よって、ふらっと立ち寄れてしまうのだ。

 そりゃ、数百年なら慎重な会議も必要だろうが、億年単位で善政を敷いた大臣がいたらもう会議する方がバカバカしいのである。


「うん! 次回はね神代歌祭かみよのうたまつりの形式を取ろうって宇迦うかちゃんが言ってるから!」


 神代歌祭かみよのうたまつりは、稲荷例大祭の中でもとてつもなく強い効力を発揮する祭りである。田畑に豊穣をもたらす反面、ほかの動植物も大繁殖してしまう。


「え!? そしたら、天照大神あまてらすおおみかみ様も……」


 その形式だと、全ての神が祭りに参加することになる。天照大神あまてらすおおみかみすら出演する神楽を田植え歌に、作物を植えるのだ。

 そして、それは神代のやり方と言葉で行われる。


「うん! 出るよ!」


 農業が大革命してしまうような祭りである。

 麦もトウモロコシも稲も、収量倍率が高い作物はこれの影響を受けて変化したものだ。だから、ミッシングリンクが見つからないのだ。


「それは……今度は何が生まれるんでしょうか……」


 それは田楽の起源。起源は高天ヶ原たかまがはらにある。人のどこから伝来したなど瑣末な話。

 重要なのは、美しいか否か。そして、誇れるか否かである。誇るための起源を主張したいのであれば、誇れば良い。全人類に少しづつ伝わった、全ての神話の源流が起源である。神には国も地域もなく、故に差別や区別も太古には存在し得なかったのだ。


「想像できないなぁ……」


 それは天照大神あまてらすおおみかみも、天御中主あめのみなかぬしですら想像できぬもの。そして、今回は初めて人間にも参加させるのだ。余計にわからない。


「あ、ごめんなさい。それと、こっちからも要件があるのですがいいですか?」


 クー子は、僅かに恐縮しながら天照大神あまてらすおおみかみに訊ねた。


「もちろん! なんでもどうぞ!」


 天照大神あまてらすおおみかみにそれを拒むつもりなど毛頭ない。貸せるのであれば、貸せるだけ力を貸すつもりだ。なにせ、義母という名目もあるのである。


「クルムのことなんですけど……荒御魂あらみたまとしての神通力がなくなってたので、ちょっと調べて欲しくて」


 クー子はそう言いながら、渡芽わための背に手を添えた。

 それだけで渡芽わためは歩みだし、天照大神あまてらすおおみかみの前で軽く礼をする。


「よろしく……お願いします!」


 渡芽わためには自覚はない。大概、神の覚醒には自覚など伴わないのだ。クー子の時もそうだったように。


「うん! でもその前に……、もっと気軽に接して! 家族だよ! いろんな方面から、家族だよ! 家系図にも書いてあるんだから!」


 天照大神あまてらすおおみかみは不満だった。いつになったら、家族らしくできるのかと憤ってすらいた。クー子も渡芽わためも遠慮しすぎである。もっと、甘えろと言いたくてたまらないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る