第230話・もふもふ共栄圏

 そして、クー子と渡芽わための二人は柱千葉之守神はしらちばのもりかみ幽世かくりよへとたどり着く。


「こんにちはー!」

「こんにちは!」


 クー子と渡芽わためはそれぞれ勢いよく挨拶をした。

 この柱千葉之守神はしらちばのもりかみ幽世かくりよは、他の神とちょっと違う。人間的なのである。


 出で立ちからして古い古い旅館だとこんなのだ。この柱千葉之守神はしらちばのもりかみもかなり若い神、いやむしろ幼い神だ。それでいて、従三位を賜っているのだから立派なものである。


「お待ちしておりました! さぁさぁどうぞ!」


 そう言いながら、柱千葉之守神はしらちばのもりかみはクー子たちをすぐに迎え入れる。

 クー子達は彼女の後ろをついていく。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 居間に入るとなんということか、家守たちが溢れかえっていたのである。


「「「お祝いに駆けつけました!」」」


 正一位と大孁おおひるめが結婚しためでたいときに家守たちが黙っていられるわけもない。


「もふもふ……」


 なのである。渡芽わための言うとおりもふもふ天国がそこにある。否、高天ヶ原たかまがはらというべきかと渡芽わためは思案した。


「クー子様しばらく! 先月はチュールをありがとうございました!」


 そこにはクロもいて、クー子は彼女に時折チュールを渡している。また、猫の鼻は意識して使うと犬よりも鋭いのだ。

 アクティブスキル型の鋭い嗅覚。それが猫である。


 そんなネコ科神族は、魚を熟成させたら右に出るものはいない。特にマグロだ。マグロの熟成には、狂気的な技術を持っている。その見返りとして、クー子はチュールを渡すのである。


「「「中流ちゅうる!!??」」」


 クー子は江戸時代を生きた家守たちに、ものすごい怖い神であると一瞬思われた。柱千葉之守神はしらちばのもりかみも例にもれない。


「あ、そうでした! チュールはですねマグロのほぐし身にいろいろ混ぜていただいて、とても美味しくされたものであります! 人間の作る猫神にはたまらないおやつです!」


 クロは誤解を解くため、必死に説明する。

 このチュールというものはすごいのだ。猫の嗅覚を通して、本能をガツンと殴りつける。旨いに決まっていると、匂いで理解わからされるのだ。


 ただし、少しだけ塩分が高いため、与え過ぎには要注意。神であれば、自粛できるし、塩分過多もさほど問題にはならないが……。


「ジュル……」


 猫神たちのクー子への印象は180度逆転。優しい女神となったのである。

 マグロのほぐし身、猫神たちの大好物である。そうであると聞いただけで、ヨダレが垂れるほどだ。


「流刑じゃないからね!」


 クー子は調べていた。なぜ、クロに恐れられたのか。


「そうです! クー子様はとてもお優しい女神様です!」


 同調するクロ。

 言葉に驚いてしまったが、少し冷静になれば見て分かるのだ。


「そうですね。言葉に驚いてしまいました。渡芽わため様がお幸せそうですし」


 柱千葉之守神はしらちばのもりかみが言うとおり、コマに好かれる神は大体いい神だ。そもそも和魂である。

 だが、和魂もたまにコマに嫌われる。コマが正一位のコマたちと自分を比べてしまうことがあるのだ。その代わり、劣等感を乗り越えるという成長の機会を得られる。とても良いか、究極的に良い。親として、そんな存在しか排出されない、高天ヶ原たかまがはらの親ガチャ事情だ。


「ん! 自慢の……奥さん?」


 誇ろうと思った渡芽わためであるが、いかんせん互いに女である。ストレートにそう呼んでいいのかわからなかった。


「まぁ、それは素敵でございますね! 呼び方はなんでもよろしいかと存じます。関係性こそ尊く、まつわる記号は飾りに過ぎません」


 それは、柱千葉之守神はしらちばのもりかみの口から出た、高天ヶ原たかまがはら並みの感想である。人間が言い出した時に、“あ、別にそれでいいじゃん”となった原因でもある。

 そもそも結婚したら、結婚したことは神々の間でワッと広がる。よって、変えても変えなくて大差ない結果に落ち着くのだから、許可だけしておこうと考える柔軟な神々なのだ。


「ん! 自慢のクー子!」


 結局だからなんでもよく、最も愛しさを感じる呼び方にした。渡芽わためにとってクー子とは、幾度となく歓喜を伴って口にした言葉。パブロフの犬よろしく、口にするだけで幸せになれる言葉になっているのだ。

 親しい者の名前がこうなることは、別段珍しくないのである。


「クルム……」


 クー子は顔を真っ赤にしていた。それはあまりに新婚あるあるであり、その気分に浸りきれていないクー子には恥ずかしかったのである。


「しかし、おしどり夫婦になられますな!」

「ぴぴゅ!?」


 集まっていた中から、一柱の犬の神がいい、それに九官鳥の女神が反応した。


「君は九官鳥!」


 と、犬の神がツッコむので、周囲にはドッと笑いが起きたのである。

 割と、古事記の雰囲気そのままな部分もあるのだ。新しいものを取り入れつつも、同時に古いものも保存する。それが、古来の大和民族のやり方であり、神から見習ったものである。


「あ、キュー波留はと之守神と申します!」


 しゃべると割といい声をしているのが、この九官鳥の女神である。九官鳥の女神は声の幅がものすごいのだ。酒やけした男の声から、可愛らしい童女の声までなんでも出せる。家守界の団体一名様だ。


「さて、私は仕込みをしてまいります! その間にどうぞ、親睦を深めていてください」


 そう言って、柱千葉之守神はしらちばのもりかみは席を立ったのが、引き止めるのがクー子。


「あ、そうだ! 山菜の盛り合わせもらったんだ!」


 所有権だけ山眠毘売やまたべのひめからもらっていたそれを、クー子は口寄せして柱千葉之守神はしらちばのもりかみに渡す。


「ふふっ。皆様お持ち寄りで、私が食材を出せるかどうか……」


 そう、家守たちもたくさんの食材を持ち寄った。持ち寄ったあまりが、柱千葉之守神はしらちばのもりかみの幽世にはいつもあって、支えられて生きているようなものである。

 神々はどこもかしこも共存共栄の社会なのだ。

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