第229話・円満の秘訣

 そんなふるさと村での一件が終わり、クー子たちはハチの社へと訪れた。

 実際人間が知っている社というのは、ごく一部である。人間が神の全てを知らないように、社もすべてを知らない。クー子の社も知られていない社の代表格である。


 幽世かくりよを持つためには、殺生石せっしょうせきが必要である。その殺生石にこっそりしめ縄を巻いただけのものも実は神社である。だから、神々は目的の場所へ転移することができるのだ。

 幽世に入って、山眠毘売やまたべのひめはようやく人化をした。


毘売ひめ様……? なんで狼の姿でいらしたんですか!? 人間たち、びっくりしてたじゃないですか!」


 別にふるさと村に来るのは良い。だが、クー子の体高程もある巨大な白狼は人間にとって普通に怖いのだ。だったら人化した姿のほうがいいとクー子は思う。


「インターネットでね、ペットのワンちゃんがすっごい大きくなってる画像見たの。だから、人懐っこいふりしてればギリギリ通るかなって……。でも今、神はいるって話にもなってるじゃん? もしかして……神だった? みたいになってくれたら、後々喋るイヌ科神族が受け入れられやすいかなって? 本当にそうなるか、わからないけど」


 本当に深淵の深淵まで考えるのは無理である。神だってそんなものだ。全知全能はこの世界すべてを上げて今近づいているところ。だから神々は、人類に破滅的な驚嘆を与えない範囲であれこれと試しているのである。山眠毘売やまたべのひめの今回の行動は、その一つである。


 クー子は聞きながら、インターネット術式を使い、検索をかけてみる。すると、飼い主の身長ほどの体高を持つペットの画像が次々とヒットするのである。確かに、これなら衝撃も少なそうだ。とはいえ、少しだけ規格外ではあった。


「なるほど……?」


 クー子は一応は納得することにした。


「んで、そのうち言ってみるの! “黙れ小僧!”って」


 神々のネット活用はどんどん進んでいる。道真が時折講習会を開いたりして、使い方を広めているのだ。

 最初は検索ワードが普段の言葉と違うせいで戸惑っていた神々なのだが、それもすぐになれた。他言語も人間より習得の早い神々には、割と楽勝だったのだ。


 結果、日本神話系の作品群は高天ヶ原にブームを引き起こした。見ながら、“あ、うちの神族だ”なんて話しながらの鑑賞会もこの六年で起きていたのだ。


「それ、まずいです!」


 かの有名な作品群は、日本の誇りであると同時に少し著作権にうるさい。しかし、少しである。だが、そういった冗談は神々の好物だ。神々……お茶目である。

 でも渡芽わためは、山眠毘売やまたべのひめを見直した。割とちゃんと理由があるではないかと。一応、理屈が通るではないかと。


 渡芽わためは今、イノセンスからの脱出のためにほんの少しばかり頭の固くなる時期。自分で少しづつ責任を負おうと足掻く時期である。

 それでも、クー子のこれまでの教導と神々のバックアップにより、その割にはこれまでとあまり変わらないのだ。


「あ、そうそう! 結婚祝いにね、山菜の盛り合わせ作っておいたの! 所有権をクー子ちゃんにあげるね!」


 大口神族は大孁の結婚にあまり左右されない神族である。普段から高天ヶ原たかまがはら勤務の神々が宮内庁とするなら、彼女らは農林水産省の一部である。森林の管理や毛者の移住管理が仕事なのだから、普段と変わらない。


「ありがとうございます!」


 クー子はやはり、姉のような人だと破顔するのであった。


「ありがとう!」


 渡芽わためもまた、彼女は悪しからず思っている。たくさん遊び相手にもなってもらったし、戦闘訓練に付き合ってもらったこともある。

 六年は神の感覚で短いが、時間としては長いのだ。六年もあれば、自然といろいろな事をこなしている。語るにはあまりに多い、日常の物語がそこにはある。


「お肉も迷ったんだけどねぇ……。ほら、私たちって結構その……渡芽わためちゃんとは違う味覚で狩りしちゃうから」


 大口神族は獣臭い肉が好みである。そして、内蔵などもしっかり食べてしまう。

 クー子はそれでも美味しく食べることが出来るが、渡芽わためは元人間である。食文化が違うのだ。


 しかも一部の神々は、野山の毛者を食べない。動物性タンパク質は、海産物から摂取するのだ。ヴィーガンとかそういうわけではない、その食生活に親しみ過ぎてやめられないだけである。


「ん……」


 渡芽わためは少し残念そうな顔をした。どうしても親しむのに時間がかかる、ジェネレーションギャップである。


「そんな顔しないで? いっしょに食べられる好物だっていっぱいあるんだから!」


 山眠毘売やまたべのひめは、そんな渡芽わためを励ました。

 クー子だってそうなのだ。共通しない好みを探せばたくさんあるし、それを別段隠しているわけでもない。ただ、お互いに認め合って、歩み寄る。


 調和は、夫婦円満の秘訣でもあるのだ。そりゃ、和魂同士の婚姻などうまくいかないわけがない。最終的には、全ての趣味は共有することになる。お互いに尊敬し褒め称え合う文化だから当然だ。

 調和のコツはそれである。尊敬しあうこと。


「準備が整いました……」


 そんなところに、ハチが戻ってきた。一応、柱千葉之守神はしらちばのもりかみに転送のお伺いを立てていたのである。家守であるからして、ハチにとって柱千葉之守神はしらちばのもりかみは目上だ。

 もちろん、柱千葉之守神はしらちばのもりかみもハチを敬っている。

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