第224話・見境なき同祖論

 婚儀は進み、夫婦の盃が交わされた。アルコールとは即ち毒であるのだが、殺菌効果を持っていたり、少量であれば血行を良くしたりと不思議な毒である。

 毒を持って毒を制するということである。要するにこれもお祓いついでに、象徴を絡めたものである。

 夫婦が未来永劫幸せに暮らせるように、結婚の時に神経質なまでにお祓いを行っておくのである。これが神道式。若干、穢れに対しては潔癖なほどである。


「大丈夫?」


 クー子は、渋い顔をする渡芽わためを気遣った。これが初めての飲酒である。

 日本とは別の法が定められているこの高天ヶ原、本来飲酒が許されぬ神階にあってもこのような祭事では許される。日本人が未成年者であってもお神酒を貰うことができるのと同じだ。基本的にはやはり、良くないのである。よって祭事において決められた数だけ、しきたりに則ってである。


「ん!」


 それにそもそもの話である。アルコールは強烈な刺激を味覚にもたらす。とても好みが分かれる味をしているのだ。ある程度の経験がそれを美味の内に落とし込むこともあるが、そうならないことなんていくらでもある。酒など、嫌いでも構わないのだ。その分、酢を好きになればいい。それはそれでお祓いの意味を帯びているのだから、代用できるのだ。


「クルム、私姉さん女房ってことになるから。格好つけさせてね」


 そう言って、クー子は懐から指輪の入った箱を取り出した。現代日本から来た渡芽わためにその風習に沿った物を渡すために。


「クー子にも、用意した!」


 渡芽わためはそう言って、同じように懐から桐の箱を取り出した。


「では、印の交換を!」


 神道の式典には本来このようなものは無い。ただ、式典として存在しないだけで、夫婦間の贈り物など円満の秘訣。否定する要素はないのである。めでたいついでと、大国主は音頭を取った。儀式のあらましを決める側の立場故である。


 手で、目で、表情で、渡芽わために行動を促した。

 渡芽わためは察し、箱から翡翠の勾玉の首飾りを取り出した。クー子が生まれた時代の求愛の定番であり、現代のダイヤモンドの指輪に相当する。渡芽わためはそれをクー子の首にかけた。


 クー子もかつては少女としての憧憬を持っていた時期がある。将来の夢がお嫁さん、そんな時代もあったのだ。

 三千年越しに憧憬は果たされた。


 目頭がカッと熱くなって、頬まで朱に染まった。それがどんな感情なのか、本人すらもわからぬ程に、大きな感情であった。ただ、悪いものでないことだけが確かである。


 返礼とばかりに、クー子は渡芽わための手を取り、指輪をはめる。神々の永遠の婚礼に、永遠の絆という宝石言葉を持つ金剛石ダイヤモンドの指輪を。

 終わった頃に雅楽が鳴り始める。天細あめうず神族の演奏家たちと、主神天細女あめのうずめによる神直々の神楽舞である。二人の門出を祝い、最上級のものが用意されたのである。


 この神楽舞が、とても長い。新しく親族となる者同士親睦を深める時間も兼ねているのだ。高天ヶ原たかまがはらの流儀である。

 広い場所であるから、天細女あめのうずめの踊りを邪魔することなく鯛や鰆など、さらに料理が追加で飛んでくるのだ。


「めで鯛とな!」


 飛ばしているのは天御中主あめのみなかぬしであったりするのだ。それはもう、招待された人間たちはびっくりしてしまう。

 舟盛りが空を漂うなど日常茶飯事。高天ヶ原たかまがはらだから、不思議なことには事欠かない。


「結婚おめでとう! これからは家族としてよろしくね!」


 天照大神あまてらすおおみかみがクー子ところへとやってきたりだとか、ドンちゃんと神々は自由だ。


「元々だけどねアタシは……」


 もちろん渡芽わためのところには、宇迦之御魂うかのみたまが。

 それに、招待された人間たちが神々に絡まれていたりもする。海外からの招待者は全体的に日本に好意的だ。中には当然日本フリークもいたりする。


 酒に感動したり、雅楽に涙したりと……。日本フリークという人種は、日本を信仰の対象にしているのかと思える過激派も居る。

 過激派の癖して、無害なのが特長だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 さらにさらにと式は進んでいく。天細女あめのうずめが舞を終えて、食事の席に混ざる頃には、神々は出来上がっている。そう、酒的な意味で。


「「八栄えの世は~! いざやいざやと出る~!……」」


 その歌は、全編にわたり日本語でもヘブライ語でも解釈ができてしまった。

 単純な話である。神々は言葉遊びが大好きで、二つの言語から解釈ができる歌などというものは、度々作るのだ。


 人気なのが日本語とヘブライ語で解釈できるものである。神道は神の姿が最も赤裸々な宗教で、キリスト教は世界で最も大きい宗教だからだ。

 ついで人気なのが、現代語で解釈が可能で、ついでに縄文語で解釈が可能なもの。要は、考古学者のために縄文語復活の手がかりを残したものだ。


 それに関連して、縄文語とシュメール語で解釈可能なものも作った。そのせいで、日ユ同祖論だの、日シュ同祖論だのと混乱させてしまったのであるが……。

 そもそもが関係のない話だ。億代単位で遡れば、全員家族になるのである。神のスケールだとわざわざ民族を分ける思想が理解できないのだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る