第222話・親善前式

 陽も慣れたものである。“自分稲荷です”と言わんばかりの顔で、交流に歩き回っているのだ。

 六年も神々と関わりづづけたのである。慣れようものだ。


「しかし、思いませんでしたよ! あのクー子さんとクルムが結婚するだなんて!」

「ですよね! 普通途中でいい人見つけてそっち行きますよね!」


 話している相手はあけびである。天照大神のコマである邏玉めぐりたま比売のさらにコマだ。大孁おおひるめは例外の神族、こんなことになることも多いのである。


「私も、うー君と結婚したけど?」


 そんな話を聞いて、会話に割って入ってきたのは、親戚である玉依毘売たまよりひめだ。

 木花このはな神族の一人であり、綿津見わだつみ住吉すみよし神族の血縁でもある。神の家系図はただでさえとてつもなく複雑である。


「待ってくださいよ! うー君? 鸕鶿草葺不合尊うがやふきあえずのみことのことだったりしますよね?」


 鸕鶿草葺不合尊うがやふきえずのみことは、瓊瓊杵尊ににぎのみことの孫である。そもそもの話が、古事記の延長線のようなものである。よって古事記の登場人物の名前が親類の名前として当然のように上がるのだ。


「そうだよ! 私の旦那様! 鸕鶿草葺不合うがやふきあえず君!」


 そして、結婚の経緯も似ているのだ。玉依毘売たまよりひめは元々、鸕鶿草葺不合尊うがやふきえずのみことの育ての母である。

 この、鸕鶿草葺不合うがやふきあえずという名前は、急に豊玉毘売とよたまひめが産気づき、急遽産屋おもやを作ろうとしたが間に合わなかったことに由来する。屋根葺に出会えなかったから草葺不合ふきあえずなのである。


「わーお、皇室のご先祖様……」


 そりゃそうである。先祖の家系の結婚式だ。むしろ皇室が分家であり、大孁おおひるめが本家である。


「懐かしいなぁ……本気で集めたんだけど間に合わなくて、膝から崩れ落ちましたもん!」


 ヤマタノオロチを卒業して、その頃素戔嗚すさのおの元で修行をしていた朱は、ふき集めにも参加していた。今でもその時のことはいい思い出だ。結局元気に生まれたのだから。

 そう、朱は古事記にMOB出演しているのだ。


「さすが、古事記世代! つか、今の陛下のお耳にも入れたいなぁ……」


 陽はもう驚かない。すっかり慣れている。とはいえ、やっぱりどこか冷静になるとすごいとは思うのだ。なにせ、大化の改新から始まった平安時代。そのきっかけとなった古事記の登場人物達から話を聞けるのだ。これ以上役得を得られる大和民族はいないだろう。


 そこには、日本の建国史そのものがある。古すぎて、“第一章諸説あり”とされていたものが、経験者の口から語られている。


「あ! それいいね! 今の陛下が来たらここに呼ぼう!」


 玉依毘売たまよりひめ、気軽なものである。


「いや、恐れ多……くもないのか……」


 陽は途中で気付いた。大和民族であるから、皇室には畏敬の念を感じる。だが、目の前にいるのはもっと畏敬すべき皇室の創設時代の神である。


「だって、私とうー君の子孫だもん!」


 そりゃ気楽なはずである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 少し目を移すと、宇迦之御魂うかのみたまがニコニコとした表情で天照大神あまてらすおおみかみと盃を交わしていた。


宇迦うかちゃん、泣かないのね?」


 宇迦之御魂うかのみたまにとって、天照大神あまてらすおおみかみは元々姉のようなもので、今回駆稲荷かけいなり大孁おおひるめの婚姻は喜ぶ要素が多い。


 とはいえ、クー子が正一位になる時は大いに泣いていたから天照大神あまてらすおおみかみは疑問に思う。


「いやぁ、案外名前が変わった程度で大して変わらないってわかったんでね!」


 クー子はこの六年、ちょくちょく宇迦之御魂うかのみたまとも会っている。なんなら、頻度は上がったくらいだ。授業参観などで高天ヶ原たかまがはらを訪れては、帰りに宇迦之御魂うかのみたまのところへ寄っていくのが定番だった。油揚げも大量に差し入れられて、宇迦之御魂うかのみたまはご満悦である。


「そっかそっか! いいなぁ……カヤちゃん全然来ないもんなぁ……」


 誰も想像できまい、最高神がこうも愚痴っている姿は。

 カヤちゃんとは、阿陀加夜怒志多伎吉比売命あだかやぬしたききひめのみことのこと。つまり、子孫の下光姫とかかぐや姫とか呼ばれている神のことだ。


「ごめんなさい……割と星司ほしのつかさって忙しくて……」


 当の本人は、その横に居る。流石に参加である。多忙な星司ほしのつかさでも、もっと多忙な日司ひのつかさが参加しているから、断れない。

 多忙神族大孁おおひるめである。


「だよねー……。星司ほしのつかさも交代要員欲しいよね……」


 天照大神あまてらすおおみかみは、それに頭を悩ませていた。今、日司ひのつかさ天照大神あまてらすおおみかみなのだが、時折邏玉めぐりたま比売に交代してもらっている。それで随分と楽になったのだが、星司ほしのつかさは交代要員がまだいない。


あけびちゃんが育ったら、たまにお手伝いくらいはできると思いますわ」


 それが、邏玉めぐりたま比売が提案できる最大限である。


「メグちゃんありがとう! でも、無理させちゃダメだからね!」


 急かしたところですぐにできるようにはならない。それが神々の仕事だ。天照大神あまてらすおおみかみが言い含めて……。


「だよ? ゆっくりでいい……」


 下光姫したてるひめが、それを裏付けた。それでいいのだと……。


 神前式というより、神式であるが……意味は変わらない。家と家の結びつきが重視されるのが、惟神かんながらの道の婚姻だ。よって、新たに親類になる神々同士存分に親睦を深めるのも大切なことである。


「あ、それより宇迦うかちゃん! 陽ちゃんだっけ? あの子はさ、お母さんである葛の葉くずのはちゃんに預けるのがいいと思うけど!」


 天照大神あまてらすおおみかみの一声。


「アタシもそれがいいと思ってるんですよ!」


 陽の没後をほぼ確定させた。あとは思兼おもいかね底津綿津見そこつわだつみの両名が反対しなければ、そのようになる。そもそも反対の可能性はほぼないのであるが……。

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