八栄えの時代

第220話・神婚さん

 それから、六年の歳月が経った。

 

 神々の存在はなんとなくではあるが確実に日本人に浸透し始めた。


 これが日本から始まった理由は、単純に、日本の神社に住み着いている神が多いからである。神社と寺、足すとコンビニより多いのだ。全国のコンビニより多い数の神々が一斉に、神であるとバレないように意識を緩めた。そりゃ、神がいると気づこうものである。


 そこでである、神は日本版聖女である国家の象徴を高天ヶ原たかまがはらに呼び寄せたのだ。


 “あなたたちの祖先の一族が、新たに縁を結ぶのでいらっしゃい”と。そう、皇室と大孁おおひるめは親戚である。神事ということで、宮内庁は強烈な圧力をかけられた。秘匿されていた神倭かむやまとですら、表の舞台に立たされて天皇皇后てんのうこうごう両陛下りょうへいかの後押しをさせられた。


 両陛下りょうへいかも、それからあまりに不思議なことが多く、行かなくてはいけない気になっていたのだ。


 六年の間に起こったことは当然、それだけではない。皇神族すめらしんぞくが根の国から高天ヶ原たかまがはらに帰り始めたのだ。特に最初に帰った男が、高天ヶ原たかまがはらでは忙しい日々になっていた。


「にーくん! にーくん!」


 愛されすぎて忙しいのである。


咲耶毘売さくやひめ……見ないうちに随分と……」


 性格が近代化改修された木花咲耶毘売このはなさくやひめは、初代天孫である瓊瓊杵尊ににぎのみことにくっついて離れないのである。


「に、にーくんって……」


 神倭千代彦かむやまとちよひこ、現神倭かむやまと家当主であり、宮内庁零課の課長である。そんな男が圧倒されている。


瓊瓊杵尊ににぎのみこと様です」


 細石彦さざれひこはその補佐として、今高天ヶ原たかまがはらに居る。両陛下の準備が整った事を伝えに来たのである。


 何も知らないのは、白無垢を着たクー子ばかり。そう、今回の婚礼は渡芽わためとクー子の婚礼なのである。


「おおう……」


 千代彦ちよひこは頭を抱えた。

 この瓊瓊杵尊ににぎのみこと木花咲耶毘売このはなさくやひめが両陛下を迎えに行くのである。


 また、神の側として参加するのが細石彦さざれひこと陽である。神々から身内扱いを大いに受けているのだ。とはいえ、陽がそうであることは現在秘匿されている。表沙汰にしてしまったら、巫女の中でも過度に特別扱いをされてしまうからである。成人したものの、流石にそれは可哀想なのである。


 逆に細石彦さざれひこは公開情報だ。神倭かむやまとはそもそもそれが生業の一族だ。神と関係をもって一人前、なのである。


「掛けまくも畏き瓊瓊杵尊ににぎのみこと木花咲耶毘売このはなさくやひめ。我らが現天皇皇后二名の準備、整ってございます」


 天皇皇后両陛下はあくまで、日本の権威の頂点。人の世全ての上位互換的な高天ヶ原たかまがはらの神々に対してはこの二人ですら謙る必要すらあるのだ。

 陽は緊張しながらも、皇室の祖である二人に呼びかけた。


「分かりました。では子孫のお迎えに参りましょう、ほら咲耶毘売さくやひめ


 瓊瓊杵尊ににぎのみことは、雲に乗って咲耶毘売さくやひめに手を差し出す。


「うん!」


 咲耶毘売さくやひめにとって瓊瓊杵尊ににぎのみことは白馬の王子様ならぬ、白雲の天子様なのである。


「では、私はヴァチカンよりフランシスを呼んでくるとする!」


 イエスも神の側から、宗教上の要人を高天ヶ原たかまがはらに迎えることにした。フランシスは……ローマ法王の名前である。


「私は……」


 レリエルが言いかけたところで、玉依毘売たまよりひめが言った。


「クー子ちゃんのそばにね! 私が要人をお呼びするから!」


 レリエルは会う頻度こそそんなに高くないものの、クー子にとって神階の垣根を越えた友人である。


「はい!」


 よって、クー子の近くに居させるのがいいというのは、神々なら当然の判断だった。


 式場は広いに決まっている。幣柵宮へぶんのみやを含む第一席全てが式場だ。

 そもそも神というのは、親族認定の幅が広い。それどころか神は全員が親族の関係である。だから、特に尊い神が結婚するとなると、存在する神が総出で参列するのだ。


 渡芽わためはそうなるような神の代表格。大孁おおひるめである。

 クー子はそうなる神の中で最も数の多い存在。正一位である。

 ただ、正一位はそうなる前に婚姻が済んでいるのがほとんどで、数が多いだけで実例は少ない。大昔以来である。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「クー子……」


 クー子は別室で控えていた。そこにレリエルがやってきたのである。


「ケッコンニナッチャッタ……ミサオマモッチャッタ……」


 クー子はこうなることを予想していなかったのだ。途中で恋心が誰かに移り、その誰かと結婚するだろうと思っていたのだ。


 なにせ、これまでの人生の半分ほどの時間を待たせたのだ。辛抱強く待つとは思わないではないか。


 クー子にとっては1500年待つようなものだ。1500年は長い。


 人生の半分だから長いというのもあるが、1500年だから長いという部分もある。クー子は神の持ち前の時間感覚で、1500年だからという部分を見落としたのだ。


「クー子!」


 レリエルは少し大きな声を耳元で。そうして自分の存在を強制的に認識させた。


「ひゃい!」


 クー子の肩が飛び跳ねる。


「クルムちゃんとの結婚、嫌?」


 あまりに嫌がるなら強行はしないだろう。だが、嫌という感情はクー子本人の感情としてはほとんど存在しない気がレリエルにはしている。


「嫌じゃないよ! でも、ほら……コマだったし」


 振り返って言う割には、恋心こそないもののクー子の顔には幸せの色が微かに浮かぶ。

 それは渡芽わためを独り占めできるというものだ。将来訪れる、独り立ちの恐怖は消え去り、永遠にそばにいてくれるものである。


 六年の間、反抗期のようなものはあった。それはただ、独り立ちの練習と、なぜかイライラする気持ちの相談。

 どうあっても愛してくれるとわかっている相手だから、こんなぶつけ方が渡芽わためもできたのである。クー子は反抗期もいい方向に軽減させていたのだ。


「顔に嫌って書いてないよ!」


 今はただ母性の延長。だが、無限に近い結婚生活がそれを変えることだろう。どうせ、天照大神あまてらすおおみかみが許すまで子供は作らないのだ。気長で良いのだと、レリエルは思っていた。

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