第219話・謳歌

 半分は鍋であり、半分は刺身などだ。祝いの席は、人が多い方が楽しいため、クー子は陽と細石彦さざれひこも招いた。この頃、陽も学校がはじまりほぼクー子の社から通っている。彼女自身の家はというと、ほぼ荷物を取りに帰ったり放送をしに帰ったりにしか使われていない。

 ドンと鎮座する鍋と刺身。高天ヶ原たかまがはらの免許によって捌かれたもので、もちろん人間にも無毒である。それを見た、陽は思わず口にした。


「クー子さん、これすっげぇ豪華じゃね?」


 とは言うが、実はフグ自体は買ってもそんなには高くない。フグが高いのは捌くための技術料まで加算されるからだ。神でも免許を持っていない神の方が多いのである。


「ちょっとだけねー! 私が捌いたから!」


 陽は考えるのをやめた。神だったら、有毒部位ですら毒を抜いて食べられるかと思ったし、見る限り内蔵は白子しかない。

 陽は元平安人でありDK男子貴族である。当時は、フグの毒に当たる人が多かった。よって、どこに毒があるのかくらいは知っている。見る限り、安心な捌かれ方をしていた。


「そう言えば、高天ヶ原たかまがはらのフグ調理免許なるものがありましたよね? もしかしてクー子様?」


 細石彦さざれひこは人間の中では特に神の事情に詳しい。よって、そんなことも知っていた。


「うん! 持ってるよ!」


 基本的に高天ヶ原たかまがはら幽世かくりよ、あとは神倭かむやまとの家の中以外で捌くのは条例違反になる免許ではある。だが、神倭かむやまとがこの世で最も信頼する資格である。なにせ神の名で保証されてしまっているのだ。


「それは、心の底から安心です」


 だから、細石彦さざれひこはただ美味しさを噛み締めることができるのだ。

 そこへ、道真の収録が終わり訪れたみゃーこと渡芽わため。後ろには当然、道真本人も居る。


「おぉおおおお! フグ鍋にてっさ! クルムの入学祝いですか!?」


 全員が揃ったことによって、クー子は鍋に火を入れながらみゃーこの疑問に答えた。


「そうだよ! クルムは初めてかなぁ?」


 煮過ぎると、身が崩れてしまう。よって、この段階から煮始めるのだ。


「ん!」


 渡芽わためは期待に胸を躍らせている。初めて食べる豪華食材、一般的な家庭でも食べたことのない人もいるくらいだ。渡芽わためが人として生きた家庭で食べられるはずなどない。


「私は鍋が好きである。てっさは思いのほか、普通だ……」


 天御中主あめのみなかぬしは生きた時間が長く、酸いも甘いも噛み分けている。高かろううまかろうにはもう踊らされない。


「でも、ちゃんと熟成工程は術で進めておきましたよ! お刺身も美味しく食べられるはずです!」


 フグは若干熟成向きの魚だ。やっておかなければ、ただポン酢を舐める口実である。やっておけば、フグ自身の香りも楽しめるのだ。


「そうなのか!?」


 天御中主あめのみなかぬしがフグを食べたのは、もう随分昔である。熟成より鮮度が尊ばれた時代だ。ただでさえ毒があるのに、放置するなど勇気のいる行為である。


「楽しみ!」


 渡芽わためはその言葉に期待を膨らませる。


「ので! 食べましょう!」


 クー子が言うと、全員着席した。

 音頭はやはりクー子。パンと手を合わせ、柏手を鳴らし、邪気を払う。


「いただきます!」


 この音は惟神かんながらの道において縁起のいいものである。仏教だと、鳴らすのは逆にお行儀が悪いものとされてしまう。


「「「いただきます」」」


 仏教は静かで慎ましやか。だが、惟神かんながらの道は賑やかでお祭り大好きわっしょい系民族の風習なのである。


「お鍋まだ火が通ってないので、唐揚げとかお刺身から食べてください」


 蛍丸はフグがみがきとなってからは、全工程に手を貸している。よって、多少鍋奉行にも手を貸した。


「ん!」


 渡芽わためはてっさを取り、ポン酢にさっとくぐらせて食べる。


「んうー! 美味しゅうございます! フグ自身も香りがあって、これはこれは!」


 みゃーこは咀嚼し、幸せの表情を浮かべた。


「うまい! これほどに変わるのか!?」


 術でショートカットされたといえ、それはしっかりと熟成されたフグ。天御中主あめのみなかぬしは味のあるフグの身に驚いた。


「うめぇけど……同席してる神々がやべぇ……」


 陽は独り言を。天御中主あめのみなかぬしがいたり、神族の主であるクー子が居たり。たまに冷静になって思い出してしまうのだ。思い出しても食べて味を噛み締めるあたり、だいぶ慣れてきてはいるのであるが。


「神々と食卓を囲う。毎日がお祭ですね!」


 細石彦さざれひこは、光栄なものとして受け止めた。緊張する場面は日常茶飯事。その分、緊張には慣れていて、別の側面に目を向けやすい。陽も今生の十数年がなければ、同じ反応をしたであろう。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 やがて鍋が煮え、蛍丸からも鍋のフグの許可が出た。


「ホロホロと解けてしまいますぅ!」


 みゃーこは噛みしめるたび幸せの表情。


「美味しい!」


 渡芽わためも溢れ出す出汁や塩気にさっぱりとした酸味に舌鼓を打っている。

 喜ぶ声ばかりがやかましく、賑やかな食事の風景。これぞ、和魂たちの宴である。

 やかましいものなのだ。食器が立てる音を抑えるのは、その喜びの声を際立たせるためである。生にまつわるすべてを精霊化し、信仰し、噛みしめる。これぞ惟神かんながらの道である。

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