第216話・入学式

 やがて、渡芽わため高天ヶ原たかまがはらの学校に入学した。

 入学の式典に関しては、とても短い。だが、親神の参加は許可されている。

 かの蛭子石売命ひるこいしうりのみことは、渡芽わためにしてみたら一つ上の学園である。

 広い講堂にコマや子達は集められ、そこで自由に交流して良いとされていた。それが式典の一時間目である。


渡芽わためさんやないですか! あんじょうおおきに! 晴れ着、偉いお似合いで、お嬢様もかくやとのお姿ですわ! ほんま、お綺麗ですよって! お近づきになりたい方ぎょうさんおりまっせ」


 石売の言うとおりであった。渡芽わためがあたりを見回すと、視線がこっちを向いているのが分かる。だが、最初は石売いしうりに譲られたのだ。なにせ、体験入学の時に喋っていたのだから。

 もちろん、七光りの部分はある。親の賢さや人格は、言葉を通して子供に遺伝するのだ。だから、育ての親の影響は強く受けているのである。


「ん! 久しぶり! ……です!」


 言葉を切りそうになったが、渡芽わためはここでは先輩と後輩と思い出して、少しかしこまった。


「ほな、少し失礼しますよって。えー、この方は駆稲荷大孁渡芽包巫毘売かけいなりのおおひるめのわためくるみこのひめ言わはります! 名前の長さからわかる方も多い思いますが、尊いお嬢様でございますが、どうでっしゃろ? 畏まられるの困りますよね?」


 周囲に集まった、渡芽わためと仲良くしたい神の子供たちにコマたち。そんな彼らに向けて、石売は渡芽わためを紹介した。そして、その最後を渡芽わために手渡ししたのである。


「ん……はい!」


 そう、渡芽わためもあまりかしこまられるのは好きではない。和気あいあいが好きな和魂にぎたまとして成長中だ。

 まだ、道の踏破は済んでいないがため、傷は浮かんでしまう。だが、その荒御魂あらみたまとしての神通力は毎朝クー子が吸い上げて、自分の体でゆっくり浄化している。

 結果として、渡芽わためには今傷はない。あったとしても隠す幻を使えるし、化粧もできる。


木花朗梅毘売このはないつらうめのひめといいます。先輩だけど、仲良くしてね!」


 二番手として最初に名乗りを上げたのは、木花このはなの神族であった。彼女らはママ系女神であり、母性が飽和した環境で育てられる。よって、入学する頃にはママとして大体開花しているのだ。


 学校に一人は欲しいような神族である。喧嘩など億に一つほどしかないが、そんな時は彼女の出番。放っておけば仲裁してくれる。


 石売いしうりなどの蛭子神族ひるこしんぞくは、一緒にいるだけでお互いが得をする道を示してくれる。


 生徒の頃から、自分の道に目覚め始めて、そんな環境で楽しい勉強を続けると道徳の授業など必要ないのだ。それぞれが、それぞれの道徳を交換し合う。よって道を爆速で進む環境である。道徳が一番英才教育なのである。


満野狐みやこ様でございませぬか! 我、建御剣命たけのみつるぎのみことでございます! 先達になりますが、あなた様と共に学ぶことと相成あいなり、心踊りて御座います」


 そんな折、クー子のすぐそばにも神の子である子神ねのかみがやってきた。そう、建御雷たけみかづちの神族の子である。


「となりますれば、横におわしますは、かの駆兎稲荷狐毘売かけうさいなりのきつねひめ様でございましょう! コマをお勤めの方々のご入学、心よりお祝い申し上げます!」


 たけ神族は、子供の頃から言葉遣いが武人然としている。なにせ、親神からかけられる言葉からしてそうなのだ。もはや遺伝である。子供は特に親と同じような言葉遣いがしたいものである。


「えっと……」


 クー子が説明しようとしたところに、一人の子女神ねのめがみが駆け寄ってきた。


「つーくん! 先走っちゃダメ! 満野狐みやこ様はご入学じゃないんだよ! 仮とはいえ、従一位を賜った立派な一柱なんだから!」


 特徴を上げるとしたら、指先つま先に至るまで意識が張り巡らされた美しい所作であろう。また、とても爛漫な性格をしていた。


「申し遅れました。私、天細鈴女あめうずのすずめと申します。建御剣命たけのみつるぎのみことの早とちりを謝罪致します!」


 知り合いの影響を感じる性格であると思っていたら、そう天細女あめのうずめの家系に生まれた子女神ねのめがみだったのだ。少女ながらに美しい容姿にも頷けた。


「気にしないで! ところで、とっても親しそうだけど……?」


 クー子は気になり訊ねてみると、途端に鈴女すずめは破顔するのである。


「私、つーくんの許嫁なんです!」


 と……。神々の中には極端に婚約が早い者も居る。理由は様々だが、婚約しておいたほうが活躍したり成長する神がそうなる。


「仲いいんだ!」


 鈴女すずめは婚約者である御剣みつるぎに、心の底から惚れているようで、見ていてほっこりとした気持ちになった。


「はい!」


 天細あめうずの神族は、結婚や婚約でパフォーマンスが上がる。恋愛に向いているのだ。


鈴女すずめ……恥ずかしいではないか……。そのようにはっきりと……」


 御剣みつるぎは、そんな鈴女すずめにタジタジである。だが、頷ける光景であった。猪突猛進気味な御剣みつるぎのたずなを鈴女すずめは握っている。


「でも、いい旦那さんになってくれると思うなぁ!」


 愛情で、それはもうガッチリと。


「……。しかし、早とちりしてしまいました。従一位になられたのですね! 高い目標ができ、心が躍ります!」


 御剣みつるぎの心は、もうなんでも踊るのではないかと思える。


「あはは……、さすがの武人でございますね」


 みゃーこは苦笑いを浮かべていった。


「ありがとうございます!」


 みゃーこは断じて褒めていないのである。

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