第213話・神話の原型

 やがてそこに、いつだかの過激派のキリスト教徒が現れた。


マルコ:神話を名乗っておきながらなんと破廉恥な……こんなものは冒涜だ! 神話を侮辱するな!


 それは、クー子にとって救いであり、同時に話を新たな方向へ展開させるきっかけになった。


「エッチなのはわることじゃないよ! むしろ、とってもいいこと! エッチなことを無くしちゃうとね、地球は多分原始に戻る。人間は滅びる、哺乳類は滅びる、交尾する生物は滅びる。よって生殖と言う安全装置が存在しない、分裂によって繁殖する生命だけが生き残る。でも、安全装置がないんだよ? どんな変異をするかなんてわからない。だから、下手したら生命自体が消えるかもしれない。だからね、エッチなこと自体はいいこと。エッチも使い方。誰かを悲しませたり、病気を媒介したりしない限り無限、そして自由にやればいい!」


 そう、生殖活動自体には微弱な善性が伴う。それは生命の営みそのもので、それを否定するのは不自然だ。

 生殖活動を行うこと自体は、その生命の営みへの調和。自身の存在への調和。決して汚らしかったり、背徳的だったりするわけでもない。


「んー。それにさ、それってそもそも中世キリストの神話じゃないかな? 私たちは、日本神話とエジプト神話。神話には、編纂へんさんされた時代の爪痕が残るけど、日本は人口が増えすぎて困った時期に仏教に……、エジプト神話はキリスト教に、教義を明け渡してる。だから、編纂へんさんされてない。古い神話だから、人口不足で産めや増やせや世に満ちよ、は大正義だよ!」


 日本神話の原型、それは縄文時代まで遡る。それは、生殖のための最高効率すら突き詰めていた。男は種付けの機械、女は人間の孵化器、そこまで突き詰めた生殖の最高効率。地域で一つの家族、子供は地域を維持する財産。人権だなんだなんて言っている余裕はない、いざ繁殖の時代である。


「だから、えちえちしようにゃーん?」


 とは、別の話である。葉捨戸バステトそんな神話の歴史とは関係なく、クー子に迫った。

 その古い時代の神話そのままではないが、特に性を忌避しない。むしろ、性行為は清いものだ。だからこそ、人を悲しませることがあってはならないのが日本神話である。

 教義というほどはっきりしたものではない。日本神話は古すぎる。由緒正しいとも言え、埃かぶったとも言える。だが、それを歪めない範囲ではある。


「あ……えっと……六年後まで! そう、六年後までわたちゃんに操を立てさせて!」


 クー子は苦し紛れにそう言った。

 クー子にとっては苦し紛れのそれも、見る人によって意味は全く変わってくる。視聴者にとっては絶対百合宣言、一角獣の角はへし折られ、更には固定カプ厨も満足させた。


 渡芽わためにはその言葉が安心を与えた。六年後までクー子は操を立ててくれる、であれば自分はただ好きである変わらぬと訴え続ければいい。六年後もクー子を想うなら、結婚なのだから。それは、渡芽わためのアプローチの選択肢を激増させた。


 だが、かの過激派キリスト教徒には、歪なものにしか見えなかったのである。


マルコ:そのものも女だろう? 同性愛など罪穢以外の何者でもない! 快楽に溺れる獣め!

ヨハネ:いつまで中世のキリストを信じている? あれは歪められたものだ。心の底から主を信じるなら、十戒を紐解き、歪められる前のキリストを信じろ!

まっちゃんテンプリ:魔女に与える鉄槌は、現在禁書とされております。その時代の思想は保存するのは良いと思いますが、それに染まるのは良いと思えません。

マジコイキツネスキー大佐:てか、キリスト教の教義押し付けないでくれる? 神道のHENTAI大国にっぽんぽんよ? ここ

オジロスナイパー:郷に入りて郷に従いキボーンヌ

そぉい!:エロは科学を発展させてきた! あと、百合からしか摂取できない栄養素ある。


 どこにでもいるのだ。自分の思想に相手を染めたい者は。

 思想を主張するのは間違えではない。間違いなのは、染まらぬものに批判の声を上げることだ。

 相手の思想を知り、自分の思想を伝え、そうして初めて思想のいいとこ取りという調和を目指せるのである。


「あのね、快楽が嫌いなら、死ねばいいにゃーん。自殺すれば、ほら、お望みの苦痛100パーセントの地獄が待ってる。私たちがお迎えに行く前に、わるーい神様たちに見つかって、死者の国のふかーいところに連れて行ってもらえるよ!」


 今であればなおさらだ。少し前まで根の国の最深部には天照大神と績和実が居た。あるいはおこぼれで助けられる可能性はあった。だが、今はそれも無い、根の国の最深部は、アバドンの胎の中。神の一切が届かない、絶望の深淵だ。そこでじわじわと荒御魂へと変貌させられるのだ。


 とはいえ、自殺が全てそうなるわけではない。そうなるのは、神の予想外の自殺のみだ。生きることの苦しみにまみれて、流れに苛まれた末の自殺者にはそれは訪れないのだ。そういった魂の元には、破天荒で暖かい建速の神々が迎えに来る。


 また、神事による自殺者の元には、武骨で勇ましいこれまた建速がである。なにせそれは、若人に席を譲るための自殺なのだから。

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