第210話・黒ギャル

 その後、朝食の時間は訪れて、全員食卓に着くことになった。


「ひっ!? なんで天御中主あめのみなかぬし様がいるの!?」


 葉捨戸バステトは食卓にぬらりと現れる至高神に度肝を抜かれた。


「怯えずとも良い。みなかっつぁんだ! 私がいるのは、英雄の治療のためだ!」


 しかしとて、強すぎる権威のせいで寂しい思いをしている天御中主あめのみなかぬし葉捨戸バステトは変に相性がよかったの。


「あ、いいの!? じゃ、みなかっつぁん! 英雄ってだぁれ?」


 そう、この葉捨戸バステトはほどよく馬鹿なタイプのギャル性を帯びているのだ。陽のインテリがギャルの皮をかぶっているのとは違い、相手が良いと言えばそれで良いと言う直線的な考え方である。


「ぬははは! 葉捨戸バステトよ! 君は良いな! 英雄とは、ほれそこの二柱。クー子にクルムである! 大事変の話は届いていると思う、それを収めた立役者はクー子であり。その折に我々別天が帰ってくるきっかけを作ったのはクルムである」


 天御中主あめのみなかぬしは上機嫌になった。ちゃんとみなかっつぁんで呼んでくれる数少ない権威を気にしなくて良い相手として、葉捨戸バステトをロックオンしたのだ。それに、二柱とも破天荒な部分は似ている。


 だが、葉捨戸バステトはびっくりした。クー子が英雄というのは予想できなくはない。ただ神在月かみありづき例大祭でクー子と違う時期に参加した葉捨戸バステトであるが、少なくとも二回参加する間に新しいコマの噂は聞くはずなのだ。そうではないということは、渡芽わためはコマになって二年以内であると容易に想像できた。


「も、もう英雄なの!!??」


 ゆえにしっぽの毛を逆立ててしまうほどの驚きようだったのである。

 神のコマ初めて二年以内など、ほぼほぼ現し世の生物である。あるいは神から生まれて二年目など、その年齢通りに赤子である。


「そこのクルムはな、天沼矛あめのぬぼこを抜き放ってみせたのだ!」


 それは間違いなく英雄の業。天御中主は得意げに言うも、葉捨戸バステトの尻尾は更に驚愕に逆立った。


「創世の矛ですか……是非お目にかかりたいものです」


 朝食の時は細石彦さざれひこもいる。神倭かむやまととしては、日本の起源など万が一見られるのであれば死んでも構わないと言うようなものだ。実在するのであれば、国宝などというものは超越する。


「うむ、近いうちに細石彦さざれひこは目にするだろう」


 天御中主あめのみなかぬしは意地悪にも、それがどれほど直近に起きるのかを言わない。

 そんな時、陽が何かを言いづらそうにしているのをクー子は見た。陽は自分の感じた葉捨戸バステトの性格を、全ていい方向に言い換える手段を探していたのだ。

 気付いた瞬間からずっと……。


「陽ちゃん、何か言いたいの?」


 クー子の声に陽は肩を跳ね上げる。


「えっと……葉捨戸バステト様に関してなんだけど。どう言えば失礼にならないかなって……」


 陽は自信なさげにクー子にそれを告げる。


「失礼とか気にしなーい! 橋渡ししてくれる気でしょ? やってやって!」


 だが、そこで葉捨戸バステトのいい部分が出たのだ。失礼を気にしないと言ってくれた言葉が、失礼に思われないであろう言い回しを陽に思いつかせる。


「分かりました……。葉捨戸バステト様は、ほぼギャルです! なので無礼を気にしません! これ、双方向なんですよ。言葉を選ばないのも双方向。傷つけちゃったりしたらごめんなさいで“はい終わりと言う”すごくスッキリした性格をしてらっしゃるのかと……」


 自身がギャルのそのスッキリ感に憧れただけに、陽は人一倍それに敏感だった。葉捨戸バステトは神なのだが、なぜか結構ギャルである。無礼に見えるかも知れない、だがそれは相手の無礼も無限に許す度量である。


「褒めてんのー?」


 そんな説明をされた葉捨戸バステトは、ちょっと喜びながら陽の方へと体を寄せた。


「え……えと……そういう部分もあるかと……」


 陽はタジタジである。ただ葉捨戸バステトも勘違いされやすい部分もあり、陽に救われたと少し思った。


「にゃははは! ガッチガチじゃん! もっとリラックス!」


 そのあたりは、葉捨戸バステトもクー子も大きく変わらない。無礼講で関わって良いのだ。


「んー、じゃあ……。さっきクルム嫌がってたんですけど!」


 そこでクー子は怒りを顕にしてみることにした。最悪でも、クー子がやれば葉捨戸バステトが帰るだけに留まる。一応神階はクー子が上なのだ。試しに権威に頼ってみることにしたのである。


「え!? ごめん! ちょっと頭の中ピンクだった! ごめんね、クルムちゃん!」


 ただ、陽の言ったことは正しく、葉捨戸バステトはすぐに謝罪をした。葉捨戸バステトはただ奔放すぎるだけで、ちゃんと和魂なのだ。


「ん……。クー子しかしない!」


 ベタベタとするのはもはやクー子のみと、自らの操を葉捨戸バステトに告げる。


「ふむふむ、なるほどぉ……」


 だが、恋バナは葉捨戸バステトの大好物である。それはそれで、目を輝かせるが、今回は助けが入った。


満野狐みやこもダメですか!?」


 涙目でみゃーこが訊ねたのだ。割とみゃーこと渡芽わためは一緒に遊び、結果じゃれあったり触れ合ったりが多い。なくなるのはみゃーこにとっても寂しいのである。

 よって渡芽わためは一瞬考えた。


「みゃーこ、ほたるん、別! 家族!」


 そう、ベタベタの種類が違うと思い至ったのである。姉妹のじゃれあいや、家族のじゃれあいは、恋のじゃれあいと違うのだ。


「ほっといたしました!」


 途端、表情が華やぐみゃーこ。


「あ、私もなのですね……」


 思わぬ流れ弾に面食らった蛍丸であった。

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