第204話・一神教まで

「さてさて、本題。キリスト教でございます! 物語はアダムとイブ、このお二人おそらく人類最大の有名人でございましょう!」


 道真は扇子を取り出し、教壇をバンと叩く。

 その音は、威圧的というよりもただ小気味よく響いたのである。


「いつの頃かとは定かでございません。そもそもこの男アダム、享年930歳とされております。こんな、長寿な人がございますでしょうかえぇ!? と思いきや、私細道奥助ほそみちおくのすけ! 菅原道真にちなんで名前を頂いております! 本人でございましたら、あら大変。齢千を超える化石じじいでございます!」


 渡芽わためとみゃーこは道真の言葉に笑った。それならばクー子はどうなってしまうのかと。

 普通の人間であれば別の意味で笑うだろう。そんなわけなかろうと。笑わなくても道真にはこれで結構。菅原道真没後現代は千年以上であり、アダムはそれに関連付けられるほど長く生きたということが印象に残れば万々歳である。


「そんな定かではないキリスト教の物語。エデンという場所から始まります! アダムとイブ、ある日神が大事に育てていた知恵の実を食べてしまいここから追放と相成りました! たまったものではございません。食べていけないものを、手に取れる場所に置くなと……これでは随分性悪な神です。しかしとて、キリスト教であれば人の行動は全て神のご意志。自作自演クソ野郎でございます。しかしとてこの奥助、人様の神を悪く申したくはございません。よっておそらく、後からアダムとイブは罪を着せられたことといたしましょう。そして追放ではなく、旅行に行ったことにしておきましょう!」


 道真は扇子で拍子を取りながら話す。覚えておくべき知識と、あえて過激な言葉を織り交ぜて。過激な言葉や歯に衣着せぬ物言いは、それだけで記憶に残るものだ。関連した知識として引き出せたら嬉しい。あとは一切退屈なんてさせない。話に引きずり込み、板書はいらない。聞くことと書く事のマルチタスクはあたかも効率がいいように見えるが、脳という臓腑はそんなに高性能ではない。タスクを並列化した分だけロスが生じるのである。


「さて、ときは巡ってアブラハムの時代。この頃まだキリスト教の原型となるユダヤ教すら始まっていません。この時代は多神教でした。ですが、後にユダヤの民はエジプトの奴隷となることになりました。ですがですね、これが意外にも快適な生活だったと最近では言われています。朝はパンに肉! 夜なんて仕事終わりにビールでございます! ええ……普通の肉体労働のにいちゃんたちを想像してください。その人たちをもうちょっと貧しくした感じになります! では、その奴隷たちに何が認められていなかったのか……。それは崇拝しない自由! エジプトの神を崇め奉れ! なにせお前らは、エジプトで採れた作物を食べている!! と、言われたわけですね」


 だからこそ、エジプトは大量の奴隷に裕福な食事を与えたまま維持できたのだ。

 普通奴隷は多少飢えさせて置くものである。でなければ肉体労働マッチョ兄貴の集団が反乱を起こした時に国が打倒されてしまう。

 道真の話には緩急があった。そして、まず道真自身が楽しげに語るのだ。情熱的に、そして迫力満点に。身振り手振りもたくさんで、渡芽わためもみゃーこも黙って聞かされていた。私語が無粋に思えてしまったのだ。


「ですがですが、崇拝しない自由がないことに反発したのがユダヤ人! 何度も何度もストライキ! ご飯貰ってますのに! お酒も飲ませてもらってますのに! なんで暴れるの!? ……と、エジプト王たちは頭を悩ませたのでございます!」


 だが、次の道真のその語りに思わず二人は声を上げた。


「「ええー!?」」


 だって、二人には古代の知識が多少ある。クー子が前もって教えていたのである。


「いえ、声を上げられたお二人さん。そうではございません! 当時の生活水準、酒まで飲めれば万々歳。もしや祭りか!? という勢いだったのです!」


 だが、道真はそれを知らない。それに、その説明は絶対に必要だったのだ。


「しかしながら、ユダヤ人。彼らの神話では彼らこそが選ばれし民。いやいや、人類は全部アダムとイブの子供なんでしょ? じゃあ血縁じゃん! とは置いておいて……。ユダヤの民たちは、選ばれた民であるのに奴隷に甘んじる理由と、団結が必要だったのです! 都合の良い統治は王の統治! しかし治める地の無いユダヤ人は、モーセという預言者によって支配されました! 一人の王を立てるのが、正しいように見せかけるため、ユダヤ教は一神教となったのであります!」


 ちなみに、モーセは、神々からは申瀬磐余彦もうせといわれびこと呼ばれていたのだ。元々親からは別の名をもらっていた。

 神話はいつだって歴史と深い関係を持っている。そしてこのユダヤ教と王国という国家形態はとても相性が良かったのだ。


「……と、ここからが面白いところではございますが! 続きは次回でございます。本日は長々とご清聴頂き、ありがとうございました!」


 道真はそう締めくくった。みゃーこも渡芽わためも不満顔である。でもその不満は、次を楽しみにする気持ちにもなるのである。煽って煽って次の話、その手法はまるで講談だ。

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