第203話・神授業Part1

 紆余曲折うよきょくせつ、クー子の神生じんせいは波乱万丈だ。一応のところ、クー子は渡芽わためのプロポーズに定番の返しをした。それは、“六年後も本気で私を好きなら結婚しよっか”である。現在渡芽わためは肉体的に見て12歳ほど。よって18歳を超えるであろう六年後を指定したのである。


 人間基準の年齢を指定したのは、大体天御中主あめのみなかぬしのせいだ。最初は千年後を指定したのであるが、渡芽わためが涙目になったし天御中主あめのみなかぬしが止めた。渡芽わための感覚では千年後など永遠の向こう側である。そもそも、高天ヶ原の法的には今結婚でも問題はないのだ。クー子は正一位の主神、渡芽わためは超越神階の日司ひのつかさの継承者。どちらも従三位を超えていて、子供を作っても批判材料がない状態である。


 そして、その渡芽わためはこれから神としての初仕事をする。それは簡単なこと、ただただ授業を受けることだ。

 机を並べる学友は、姉が如しみゃーこ。先生は道真で、一瞬だけ敵視した気持ちも今やない。ただ楽しいだけの授業になる環境が揃っていた。


「本日、教鞭を握らせていただく細道奥助ほそみちおくのすけです! 本日は、宗教から学ぶ、世界史と題してやらせていただきます! 近年の大和民族である視聴者様方は宗教をナメています。我々、人間は、宗教の力無くして150人以上の群れを作れないのです!」


 メソポタミア文明にメソポタミア神話があり、黄河文明に中国神話があり、メソアメリカ文明にアステカ神話があった。文明を興すには150人では生産力が足りない。ゆえに、文明の起源には必ず神話があるのだ。


 と言ってもそれは、人間向けの理由。神話設立の裏には、本当に神がいるのだ。古代人を助力しまくった結果、結果的にライフハックの集合体として神話が生まれた。そしてその神話の元に人々が集まり、巨大な集団として部族や国家が生まれたのである。


 神話のない民族など、ありえない。民族とは神話だ。よって、宗教を甘く見ている現代大和民族にも日本神話と仏教があり、葬儀の風習がある。

 神話がライフハックの集合体なのだから、信じれば救われるのは当然なのだ。


「生徒のみゃーこと!」

「わたー!」

「二人でお送りします! ところで奥助おくのすけ様、古代の神話ではどんな神々が信仰されていたのですか?」


 みゃーこの仕事はほんの少し進行にも関わる。ただ、古代の宗教に関してはこれまで興味を持ったことがなかった。

 とはいえ、人類史が宗教とともにあったと聞いては黙っていられない。最もピーキーな種族なのだから、放っておいては危ないのだ。


「ご説明しましょう! 古代というのはシビアな時代です。女性は産む機械、男性は種を吐き出し母体を守る使い捨ての機械でした。種の存続のため、産む機械は大切ですね。ですので、男は使い捨てだったのです。女性は産む機械と聞いて、男尊女卑を思い浮かべたかもしれませんが、事実は逆です。女尊男卑です。よって女神を上位とする多神教が多かったのです。その流れを汲むのが、日本神話。だから最高神に天照大神あまてらすおおみかみが祀られているのです!」


 そう、日本も元々は女性優位の社会だった。ただ、日本に限っては男を使い捨てにまではする必要がなかったのだ。

 婚約指輪を男性から女性に贈るのは、この時代の名残だ。目上である女性の心をつかむため、縄文時代の男は翡翠や貝殻をアクセサリーに加工し、女性に貢いだのである。中でも翡翠は本当にヤバイのだ。現代でも加工には苦心する。


「女神信仰?」


 渡芽わためにはピンと来ないものである。現代社会では男性が優遇されているという声が大きいのだ。


「過激で道徳心を一切考慮しないことを申しましょう。男性は経済活動の機械、女性は産む機械。それが現代社会では効率だけ考えればいいのではないでしょうか? なにせ男には妊娠も生理もありません。よって、経済活動に有利です。そして、女性を蝶よ花よと愛でて甘やかして社会で活躍できない不満を抑える。これが、平安くらいの日本ですね! もちろん、こんなのは効率だけの考え方です。もう少し個々人の自我にも調和を志す必要があります」


 効率だけならそうである。だが道理が通れば気持ちが萎えるという言葉が有るように、心がある生物は効率だけには従えない。そんな社会では、人間はまるで生産品だ。

 とはいえ平安時代、それで人間が生産品であったかと言うと、それも違う。文明はまだ黎明。文明の発展を肌で感じ、そこに喜びを見出して尊厳を保つことができた。人類の箸が転んでも面白かった時代である。


「ん!」


 それは確かに効率が良いかも知れないと、渡芽わためは思った。

 平安の男など傅く支配者だ。望めば権力だって手に入れることができたのである。


 ただ、中心が男だったのことには理由がある。男は経済の中で使い潰されることも少なくなかったのだ。だからこそ女たちは、隷属するフリをして、愛想をくれてやった。そう、平安の女とは君臨する奴隷である。実権だけは握り、だけど奥ゆかしく可愛らしく振舞って、見掛け倒しの華を男に持たせていたのだ。


「さて、閑話休題と参りましょう。宗教から学ぶ世界史を語る上でこれは外せません。世界最大の宗教、ユダヤ系……あ、いえキリスト系宗教です」


 ちょっと神がポロリしてしまったものの道真は、本日の本題に切り込むこととなった。

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