第202話・抗えぬもの

「クルム、クー子様とあまりに近すぎませんか?」


 昼食中、みゃーこは言った。

 渡芽わための持つ武器、それは愛らしさである。体躯の小ささではみゃーこに王座を譲るものの、童顔であるという武器は渡芽わためのみが持っている。

 ついでに、幻術メイクも身につけていて、垢抜けた雰囲気もあるのだ。もう、美ロリ狐娘である。その愛らしさは研ぎ澄まされた一矢に例えても良いであろう。


「いいんだよー! 甘えてくれるのもいつまでかなぁ……」


 当の甘えられているクー子はそんな一矢に胸を貫かれていた。致命傷、ただし親子愛のそれである。

 渡芽わためにとって入口などなんでもいいのだ。クー子からの愛情を、今は独占したいのである。


「ん! ずっと!」


 渡芽わためは甘えながらのすきすき攻撃である。幼い容姿でのこれは、非常に強力だ。


「良し! 婚姻だ!」


 天御中主あめのみなかぬしは自分の策略が上手くはまり、ゆえに狂喜乱舞である。


「えっと……そういうのじゃないと……」


 と思うのはクー子が鈍いからだ。惚れた腫れたの本物は初体験である。


「いえ、そういうのだと思いますよ……」


 道真は、静かに食事を続けながら言った。


「女の子は早熟と言いますが、そうですか? 少なくとも、女神同士ですし……」


 蛍丸には女性同士の恋は少し特殊に思えた。仕方のないこと、古い器物である。

 だが、渡芽わためには性別など関係ないのだ。渡芽わための感じる幸せの全ては、クー子その理由のどこかにクー子が居る。感情が制御できず涙が零れた時、思わず理不尽な願いに突き合わせてしまった時。クー子はそばで見守っていてくれたのだ。

 恋なんてちゃちなものではないのである。感情の全てをあずけてしまうほどのことである。


「恋は落ちるもの。神の繁殖意欲は薄れた。放っておこうが高天ヶ原には勝手に魂が登ってくる。ならば、繁殖の必要性もないもの。よって、性に関する意識も薄れたのだ」


 ゆえに、結婚がジェンダーレス化しただけである。介護問題も発生しない。どこかで子をなせない不安に駆られることもない。本能的な部分が薄れて発生率が上昇しているのだ。


「それ、クルムには関係ないのではありませんか? 天御中主様」


 みゃーこはチベスナ顔で核心を突いた。そう、全く関係ないのである。

 渡芽わためは元々人間である。よって、そんな神の事情とは無縁。それに、渡芽わためは最終的に両性具有の体になる。よって、繁殖も可能、むしろ神々的には繁殖が必要だ。全なる道の踏破者が両性具有になるのは、同性に懸想しても血を絶やさぬようにである。

 言ってしまえば、全てクー子のせいだ。


「恋とは落ちるものだ。如何なる神でも抗えぬ!」


 天御中主あめのみなかぬしはキメ顔で言った。


「かっこよくないですよ!!??」


 これに思わずツッコミを入れたのが道真。蛭子命ひるこのみことと長年居たせいで、ツッコミが癖になっている。


「おぉ! いいな道真!」


 厄介なことになった。道真は天御中主あめのみなかぬしからツッコミ役としてロックオンされてしまったのである。


「あ、失礼を!」


 道真は慌てて頭を下げる。相手は至高神である。


「うむ、その謝罪はその謝罪をしたことへの謝罪と思う事にする! 私は、快く思っているのだ。ほら、こう呼べばいいのだ。みなかっつぁんと!」


 斯く言う至高神天御中主あめのみなかぬしは道真が頭を下げることこそ不満に思っていた。天御中主あめのみなかぬしも寂しいのだ。彼からしてみれば、高天ヶ原たかまがはらの神々など近所の子供感覚である。

 和魂であるからして、愛らしくてたまらないのは当然だ。


「みなかっつぁん!」


 渡芽わため、さしもの権威を恐れぬ物言いである。


「ぬはは! 幼子はいつも心地がいい!」


 権威者は時に、砕けた態度に飢えるものなのだ。


「そっか……割と親しみを持って接したほうがいいのかな?」


 クー子もそろそろ気づいた。天御中主あめのみなかぬしがガチで親しみを持った態度を求めていることに。


「みなかっつぁんである!」


 口に出してしまえば、さぁ砕けろと言わんばかりの顔で天御中主あめのみなかぬしはクー子に迫った。


「流石にそれは……。御中主みなかぬし様で!」


 とはいえ、クー子にはそれが限界である。


「仕方ないのう。つまらんのぅ……」


 拗ねる天御中主あめのみなかぬしであった。


「では、私は非公式の場ではナカ様と呼ばせてもらいましょうか……」


 蛍丸はここで意外にもノリが良かった。なにせ権威の力が強い時代の日本を経験していたのだ。

 そして権威者の手に渡り、持ち主の寂しげな顔も見ていた。だから、そう砕ける気になったのである。


「実に、よい!」


 その蛍丸の言葉は、天御中主あめのみなかぬしを満面の笑みにさせた。


満野狐みやこ御中主みなかぬし様まではイケますよ!」


 みゃーこもみゃーこで、こちらは口調が砕けていた。


「うむうむ! 何ぞ融通してくれよう! して、あとは道真である!」


 結局最後に道真だ。この話題は道真が呼んだものである。なら、彼は責任を取らなくてはいけない気がした。


「分かりました。気兼ねなくツッコミます。御中主みなかぬし様」


 それが道真の精一杯だ。ため息混じりにそう言うしかなかったである。

 天御中主あめのみなかぬしは割と剛毅ごうきなところもあって、こうも愉快であれば笑い声は雷鳴が如しであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る