第199話・リテラシー
「さてさて、まずインターネットというのは、同じ言語を使っている人だけを数えても、驚く程多くの人が使っているのは皆様ご存知でしょう。当たり前ですね、現代は一人一台スマートフォンの時代です。多くの人が使っているということは、それだけ多様な人が扱っています。問題は、皆様お顔が見えないということです」
無駄話も含めて話すのが道真の授業スタイル。ただただ知識詰め込むよりも、背景にある物語を語る方が、幾分か面白く人は感じると思っているゆえだ。
その知識を全て話し終えるのにかかる時間は伸びるが、覚えやすく感じる人は増える。
それに似ているのが神話である。神話とは本来、支配者たちが見つけたライフハックの集合体だ。ついでに統治のためのルールも含むが、その程度であれば健全なのだ。ただ、それを知識としてそのまま言っても面白くない。よって都合よく転がっていた超常的な存在である神々に、ライフハックを暗示する物語に登場してもらった。これが多くの神話である。
「はい、先生! 多くの人が居るだけじゃ怖い場所にはなりません!」
クー子は疑問に思った。それだけであれば、国というものが怖いものになってしまう。だが、そもそも国というのはさほど怖くないのだ。
「では、無駄話を一つ。昔話です。仮面舞踏会というものがかつてありました。彼らは顔を隠して、舞踏会に参加するのですが……、これに関する創作物がいくつかあります。作内で語られることの多くは、仮面舞踏会でハメを外す人々の心理です。さて、この仮面舞踏会というのは顔を隠すからハメを外すようです。何か似てると思いません?」
そんな道真の言葉に、クー子は戦慄した。仮面舞踏会は公的には15世紀に始まったものであり18世紀まで続いた。そしてそこでは、不道徳な行為も行われていたのだ。
仮面舞踏会が行なわれたのはイタリアが最初だ。そして、そのイタリアはキリスト教の国である。モーセの十戒には、“姦淫してはならない”とあるが、仮面舞踏会ではそんな題材の創作もされている。
これに困ったのが当時の神々。神々が十戒にこれを書くように言ったのは、性病が広がらないようにするためだった。だから、
「もしかして、おっきな仮面舞踏会!?」
間接的ではあるが、クー子は仮面舞踏会が起こした問題の間接的な目撃者だったのである。
「はい。ですが、肉体接触ができない分、問題の性質も違います。ですが、18世紀の仮面舞踏会とは桁違いに、誰でも簡単に入場できてしまいます。なにせ、スマートフォンは現在の生活必需品。もはや、入場者を選ぶことは事実上できないのです」
インターネットの問題とはまさにそれだ。管理不可能なほどの規模で行われる仮面舞踏会なのである。
ハメを外せるのはそれが原因であり、そちらが仮面をつけているのが普通になったがゆえに、仮面のない空間こそ異常になってしまった。
保守的な傾向を持つ大和民族が、仮面のない空間に移るのは比較的難易度が高い。
「それすっごく怖い……」
クー子は今更ながら、ネットという恐ろしさを実感した。これまで公開してしまった個人情報を取り下げたくなったが、もはや後の祭り。
そもそもクー子の個人情報は、真実なのに信憑性なし。誰もそれを特定の糸口に使えると思わないのである。
「ですので、できるだけ肯定的な態度を心がけましょう。人が多いので、当然すぐ怒ってしまう方もいらっしゃいます。間違った受け取られ方も非常に多いのです。大切なのは、仮面を剥いでやろうと思う敵を作らないことだと思います。最後に私が言っていることは、視点を変えればあなたに向いてしまいますし、あなたから見れば私に向くかもしれません。視点によって相手の評価は変わってしまう。これもお忘れないようお願いします。よって、この言葉は私自身も戒めるものです」
それが道真が一日で学び、そして考えたネットリテラシーの全てだ。いや、インターネットだけではない。そうやって考えるのが、人付き合いの全てかも知れない。
少なくとも道真は、自分はそうあろうと思うのである。
「はい! 暴力的な言葉は慎みます!」
そしてそれは、少なくともクー子の役に立ったのである。
マジコイキツネスキー大佐:インターネットを仮面舞踏会って言う人初めて見たw
コサック農家:わかっちゃいるけど……ってなったw
ヨハネ:はい! 心がけます!
まっちゃんテンプリ:地蔵様も同じような言葉をきっとおっしゃるでしょう!
チベ★スナ:おい待て、地蔵!?
ただ、別方向に混沌とした情報が投げ込まれた。結局クー子のチャンネルなのである。締りの有る終わりなど期待できようはずもない。
「というわけで今回はコラボ放送! 教員免許のある先生に、ネットリテラシーのド基礎を教わりました!」
「専門分野ですと、もっと突っ込んだお話も致しますよ! 是非私のチャンネルにおこしくださいね!」
道真はそれに苦笑いしながら、形だけきれいに放送を締めたのである。
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