第195話・みゃーこの学校

 神の幽世かくりよの社というのは基本的になかなかに大きなものである。いざという時に幾柱かの神の拠点として機能することを求められているからだ。

 ゆえに、幾柱かの神とそのコマを収容できるように設計されているのである。つまり、現在でもクー子の社は部屋が余っていた。


「せ、生徒役に、渡芽わためさんと満野狐みやこさんをお借りできるのですか!?」


 そこでクー子は道真に様々な提案をした。一つ、いつでも自分がトラブルシューティングをできるようにこの社で放送すること。そして一つ、生徒役として渡芽わためとみゃーこを用いることである。

 ここにはクー子の思惑が潜んでいた。


「本人たちに聞いてみてだけどね! みゃーこ、学校に通ってみたいって言ってたから!」


 要するに、クー子は二人がやりたがることだったら全力で応援したいのである。それはクー子にとって当然である。


「あぁ、それなら遠慮なく教鞭を預かれます! 早速、お二人にお尋ねしに参りましょう!」


 道真もかなり希望を膨らませている。みゃーこ相手に授業をするとき、それは確かでないことまで話してしまえそうな予感がするのだ。

 神の視界は世界の全てに届いている。とはいえ、神が少なかった時期もあり、学説でしかないことも数多存在する。例えば、天御中主あめのみなかぬしが使っていた神代文字が楔文字と混じり合って生まれた数多の文字、その変遷の歴史考察などだ。その時必死に書き記していた神々だが、いくつか抜けているのだ。書記官である神の不足のせいである。


 全ての文字言語の起源は宇宙の起源である天御中主あめのみなかぬしである。それは、何語が起源など関係ない。なにせ最終氷期前、ホモ・サピエンスとホモ・エレクトスは一つの音声言語を作り、それを用いて話をしていたのだ。だがもう一つの人類である、ホモ・ネアンデルタールは自分で楔形文字を作った。その融合の歴史こそ文字人類史と呼べるものだろう。道真はそれを語りたい。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 二人はみゃーこと渡芽わための所へと赴く。道真を先生として悪しからず思っている二人はそれを笑顔で迎えたのであった。


「こんにちは、お二人共。神としての私の仕事をお手伝い頂きたく参りました。私はこれから、授業をするチャンネルを開設します。お二人に頼みたいお手伝いとは、その授業を受けてもらうことです」


 道真は誠心誠意二人に伝える。しっかりと道筋を通しながら。


「みゃーこ、これはみゃーこの従一位としての初仕事だよ!」


 クー子はその時に思った。そう言えばさらにみゃーこはやりがいを感じるだろうと。


「もちろんでございます! ぜひ!」


 みゃーこはクー子が思ったとおりの返事を返した。目をキラキラと輝かせながら。

 当然である。学校に通ってみたかったという願いが叶えられて、ついでに初仕事への期待も膨らんでいる。思いははち切れんほどになったのである。


「みゃーこ! 一緒!」


 そして、渡芽わためもそれは願ってもいないことだ。最愛の姉のような神と机を並べて学ぶ。一日のうちの勉強時間はとても長いものになってしまうが、勉強そのものが楽しければ苦痛などないのだ。

 勉強と遊びは両立できる。渡芽わための入学後の生活は、遊びながら学び続ける毎日になるであろう。


「楽しませられるよう、尽力致しましょう。これほど、学ぼうという意欲を持ってくれるのです。そうでなければ、教師の名が廃りますね!」


 子供が勉学に期待を寄せる姿を見て、腕が鳴らないようであれば高天ヶ原たかまがはらで教鞭など取ることはできない。よって、道真も楽しみで仕方がないのである。


「つまらないって思ったら、ちゃんと言うんだよ! 私でも、ほたるんでも!」


 クー子は言う。いつでも二人が逃げることができるように。自分の意思で勉強ができるように。


「クー子様! なぜ私もそこで上げてくださらないのです!?」


 道真は一番には自分に伝えて欲しいと思った。楽しくない授業をしてしまったのであれば、そうであると教えてもらえない限り改善ができない。


「でも、道真様がつまらない授業をする姿は想像できないですよ?」


 みゃーこの言葉には、多少のおべっかが含まれている。


「ん……」


 だが、同意する渡芽わためは真剣だ。体験入学で未知の領域の楽しい授業を提供されては、そういう認識になるのだ。


「私も時折やってしまいますよ。急ぎすぎてしまうことがあります。なのでどうか教えてくださいね」


 道真がつまらない授業をする原因はそれだ。高度な内容を話しすぎて、生徒を置いていってしまうのだ。とはいえ、それも最近はほぼない。神になってからも道真自身も成長し続けているのである。


「分かりました!」


 みゃーこは手を上げて了承の意を強く示す。生徒に親身で、いつも楽しい授業をしてくれる先生。そんな人物は、もちろん愛されるのである。


「楽しみ……」


 そんなことも言っていいのだと思えば、渡芽わためも期待感以外の感情は何もなかった。


「では、楽しみにしていてください! さて、クー子先生。この道真にインターネットのなんたるかを伝授してください!」

「うん! ネット免許皆伝まで教えちゃう!」


 クー子がそもそも皆伝と言えないのに、その自信がどこから来るのかは極めて謎であった。

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