第194話・クー子ちゃん先生

 そんなホッコリとした朝食の後、細石彦さざれひこは激務に身を投じることになる。田舎に暮らす人々は、都会の人々より幾分か迷信深い。よって、新しく大きな神社、ひと目で分かるご利益がありそうな場所。そんなところに、足を運べばいいことがありそうだと思う人は都会に比べると圧倒的な多さなのだ。


 よって細石彦さざれひこの仕事は激務である。と同時に、彼らの気概が細石彦さざれひこは好きだった。

 迷信でもなんでも、拝むのはタダ。それでいいことがあれば嬉しい。なかったとしても自己満足を買うことができる。コスパ良しと判断しているのだ。


 閑話休題。


 そんなクー子の社に、かの天神様、菅原道真が訪れていた。


「クー子様、突然の訪問を申し訳ございません。実は大社完成のお祝いに訪れたあと、蛭子ひるこ神族では新たな……商売というのははばかられますが、商売の話題が出たのです。それは、教育です。今の大和民族の教育は非常に危うい。神話を忘れた民族に未来はないのに、神話を教えないのです。仏教を教える学校はあります。そこで、神道を教える学校を作りたい。人の子であらせられる教師と人脈などございませんでしょうか?」


 学校を作るだけなら、神倭かむやまとゴリ押しでどうにでもなる。理事五人、監事二人が必要であるが、そこだって名前を神倭かむやまとの分家から借りることが出来る。そもそも神倭かむやまとの一族というのは、百代前の兄弟で分裂したような家とも普通に付き合いがあるのだ。法的には完全に他人であるはずが、蓋を開けてみればゴリゴリに癒着していることも珍しくない。

 ただ、それで学校を作ってうまくいかない可能性は多いにある。なにせ高天ヶ原の学校と、現し世の学校は、違いすぎるのだ。


「ごめんね、道真くん。先生な知り合いはいないかなぁ……」


 当然居たとしても、それを知ることは無理だ。先生ですという名札を引っさげてネットに現れたりなどしない。

 先生という職業は確かに権威的ではある。だが、権威税と揶揄したくなるようなことも起きるのだ。


「まぁ、そうですよね……」


 がっくりと道真はうなだれた。

 天御中主あめのみなかぬしはいつもぬらりくらりと神出鬼没である。視野が広いだけに、地獄耳であるがゆえに、面白そうとあればすぐに駆けつけるのだ。


「クー子よ! インターネットビジネスに詳しいそなたに、出資を募る案はないか? それと、道真よ! デモンストレーションを行うのだ!」


 別に資金など神倭かむやまとに出させればいい。それはほぼ宮内庁が出すようなものであり、日本が出すようなものなのだ。私立の皮をかぶった、国公立学校になる。


「うーん、あ! 使えるかもしれないモノあります! そのためには、まずは道真君に放送を始めてもらわないと……。題して、ガチ神授業です!」


 クー子のネット習熟度は少しづつではあるが上がっているのだ。今回はクラウドファンディングなる用語を思い出した。

 といえど、クー子のネットリテラシーはガバガバのままである。


「放送ですか? クー子様とコラボではいけませんか?」


 クー子が知名度を貸すのは悪くはない。だが、イメージがあるのだ。学校というのは権威的でお堅い施設である。クー子の放送はそんなお堅い雰囲気とは真逆なのだ。


「ダメです! 私とのコラボじゃあ、先生という印象が作れません! 私はほら……ポンコツ配信ですから……」


 神バレヒヤヒヤ配信であるクー子の放送が、そんな印象を作れるはずがないのだ。


「決まったな! では、道真よ! クー子からまずは配信の極意を教わるが良い!」


 それは、天御中主あめのみなかぬしにとってものすごく利のあることの始まりである。道真はそもそも学校の先生。カリキュラムなど存在しない高天ヶ原の学校で教えているのだ。授業の内容から、話し方まで、全て彼が必死に考えている。落語を学校でというのも、道真の発案なのだ。割とグレートティーチャーである。

 ゆえに、他の神々に教えることもできるだろう。後々神にネットを教えることのできる教育者が生まれる可能性が高いのだ。


「かしこまりました! 学業の神の名にかけて果たしてご覧に入れます!」


 道真も気合充分。さぁ、学ぶのだと瞳に光を宿した矢先のことである。


「うむ! 良しや! して、クー子や。自らポンコツと語って恥ずかしくはないか?」


 天御中主あめのみなかぬしは禁句を口にしてしまったのである。


「自分が一番傷ついてるんですから言わないでください!」


 涙目のクー子であった。

 とはいえ、そんな理由で第一人者を見下げるものはそもそも神階を得ることができない。


「あはは、それでも私には先生ですよ! よろしくお願いします、クー子先生!」


 道真は先生である。ならばこの爽やかで人当たりのいい笑顔もお手の物。それに道真自身もワクワクしていたのである。

 この日からクー子は道真にインターネットを教え始めた。そして、地頭も大変良い道真はブラックホールよりも貪欲に吸収してしまうのである。

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