第193話・渡芽の朝
朝のことである。目を覚ますと、
先に寝てしまったのを少し悔いるが、それ以上に横に寝てくれたのが嬉しかった。また、逆の隣にはみゃーこが眠っていた。蛍丸の布団だけが空である。
「おはよ、クルム」
そう言って撫でるクー子の手は
かと言って、母しかいないこの社に、挑戦や冒険がないかというと、そんなわけでもない。神は父性と母性の両方を誰もが持っているのだ。ただ、女神の多くは母性が優位で、男神は父性が優位。それだけのことであり、片親だろうが苦労しないのである。
「ん! おはよ!」
目が覚めていきなり、
「ん……んぅ……」
「ふぎゃ!」
尻尾はイヌ科でもちょっと嫌なのだ。だから
「こらこら! 起きなさい!」
クー子は
「ふぎゅ!?」
みゃーこも
「……こ、これは。クルム! ごめんなさい!
慌てて謝るみゃーこ。自分もイヌ科であり、尻尾を触られる不安は知っていた。そう、尻尾が嫌な理由は不安である。骨が細く、関節もおおいため、少しの力で痛みを感じてしまう部位なのだ。
それ以外はイヌ科は基本的に肉体接触が大好きである。社交的であり、人懐っこい性格の種なのは、野良も神も変わらないのである。
「怒ってない」
「良し、起きよう!」
クー子がガバッと二人の頭の下に手を回して、抱きしめるように起こしたのである。朝から狐塊。もふもふ地獄だ。
それは、二人にとって心から愉快であった。じゃれあって、気分と血圧をあげ、目をしっかりと覚ますことができたのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
外の神社はまだ仕事前。社務所はクー子の社には存在しない。
蛍丸はクー子の社で、台所の帝である。朝食軍を従えて、食卓に現れるのである。
「いやはや……。毎日神々とお食事ができるとは、これほど光栄なことはございませんね!」
「でしたね……。すっかり慣れてしまっていました」
巫女である陽も既に装束をまとっている。仕事として、これが仕方ない部分がある。それと同時に陽は結構楽天的だ。女に生まれた今生であれば、女であるということを楽しむのも一興と考えるものである。
それら、女性的な楽しみというのは別に男に生まれようができることではあるのだ。だが、女に生まれたことによって、なんとなく免罪符をもらったような気分でやりやすいだけである。
「そんな光栄に思わないで! 食材たくさんあるから!」
クー子としては、食材を生贄に賑やかさと楽しさを召喚しているようなものである。そもそも、懐は余裕たっぷりだ。
「うちのクー子様は、甲斐性があるので」
謎に蛍丸が胸を張った。ちなみに蛍丸はちっぱい族である。その分、和服がとても似合う。
「さすがです! して、陽様はいつこの
「うえ!?」
陽は驚き、おかしな声をあげる。だが、その話は一旦休題とすべきであった。
「その前に! みんな、手を合わせてね! いただきます!」
食事を始めるのが先である。クー子が主のこの社。
「「「いただきます!」」」
食前の挨拶が終わり、賑やかな食事が始まった。
「うむ……。蛍丸や、良い腕ではないか! クー子の社を辞することがあれば、めし処を開くと良い! この
料理に対する賛辞が
「そのつもりはございません。きっと駆稲荷に骨を埋めるでしょう。ですので、褒め言葉のみ受け取ります……」
蛍丸は苦笑いで言葉を返した。ついでに、クー子は
「で、あろうな! それほど良いと褒めたかったのみ!」
「ほら、この
陽は
「え、えと……わ、わかった……」
なんとかタメ口をひり出した陽の額には脂汗がにじんでいた。
「怪しい絵面になってらっしゃいますよ。
みゃーこの言うとおりだった。
「賑やか!」
その様子もまた、いつものである。
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