第192話・蛍ママる

 クー子の放送は夕飯後であった。


「クー子様、放送終わりましたか? クルム様なのですが、少し前に眠ってしまいました。天御中主あめのみなかぬし様やみゃーこ様とたくさん遊んでおりましたから……」


 蛍丸は、微笑みながら言った。

 渡芽わための寝顔を思い出しての破顔である。蛍丸は、クー子の社に来てから自我がかなり強くなった。その過程でママの才能も開花したのである。


「そっかー。みゃーこも?」


 ステレオタイプに例えるのであれば、クー子は一家の大黒柱である。神としての功績が日々の糧を社にもたらし、VTuber名乗っているだけとしての仕事が油揚げをもたらす。


「みゃーこ様はクルム様に添い寝です。寂しくないようにと」


 人が育つがゆえに、立場が上がることがある。だが、立場もまた人を育てることがあるのだ。みゃーこは仮ではあるが従一位、仮ゆえに子を育てたりコマを取ることはまだ推奨されていない。だが、推奨される時が来ると実感したのだろう。コマを身請けする未来は、彼女にとってひどく身近だ。


「みゃーこ、コマ煩悩になりそう」


 クー子の言葉はほとんど子煩悩と同じ意味である。それを、抑えきれない微笑みで口にしたのだ。


「ええ、クー子様に良く似たコマ煩悩になるでしょうね!」


 将来のことではある。だけど、それ以外のみゃーこの姿で想像できるのは、ひとつだけだ。それは、コマに構いすぎて反抗期に泣くみゃーこである。人の親子でよく見られるその光景は、蛍丸には容易に想像できた。


 ところで反抗期というのは、同時並行の作業である。ホルモンバランスの変化による感情の激変がイライラする原因。イライラするように脳が作られたのは、そこで自分が愛されている最終確認を行うためである。そして同時に自我を確立していく。許されざるラインを確かめるチキンレースすら、その年代の子供の脳は行っているのだ。


「でもなぁ……放送やめちゃおうかなぁ……」


 放送では散々イジられ倒すし、渡芽わためが寝る時に立ち会えない。となると、やめてしまおうかとふとクー子は思ったのだ。

 そんな時、どこで聞いていたのか、どこにいたのか、やはり天御中主ぬらりひょんはぬらりと現れた。


「否、続けたまえ。人と神が再び交わる八栄やはえの世、それがいきなり訪れては人の子は驚いてしまう。君にしかできない、神の仕事である」


 実は、内心とてもヒヤヒヤしている天御中主あめのみなかぬしである。口に出して言ったそのままの理由で、クー子の放送は必要である。もう少し神々にインターネットが普及すれば話は別かもしれない。だが、今ここまで使いこなせるのはクー子しかいないのだ。


 そして、放送の内容もマッチしてしまっているから、もう失えない。クー子の放送は、“神なんてファンタジーありえない”が基本的な根底である。だが、“もしかしたら神はいるかもしれない”にゆっくり移行する可能性を持っているのだ。さらに言えば、日本神話を思い出させているだけでも利がある。


「でも、続けてたらバレちゃいます」


 などとのたまうクー子だが、天御中主あめのみなかぬしにしてみればゆっくりバレるのがいいのだ。


「多少ならかまわぬ。だが、一気に神であると人の子に露見して混乱を招かねばそれでいい……」


 だから、天御中主あめのみなかぬしはゴリ押しを続ける。


「でも……自信ないです。このままだと、あるとき急にバレちゃうかもしれません」


 クー子が放送を辞めたい一番の理由がそれであった。いきなりバレて秩序を乱すのが恐ろしくてたまらないのである。


「ええい! 良いから続けろ! この、天御中主あめのみなかぬしみことのりだ!」


 どうしても続けて欲しい天御中主あめのみなかぬしは最終手段に出た。本来はやりたくないことである。命令はあまり和魂にぎたまらしくないのだ。


「は、はい!」


 クー子は、もう逆らえなくなってしまったのである。なにせ、至高神直々だ。


「クー子様。駆稲荷かけいなりの社はここだけ。きっと、油揚げは絶対に不足しますよ。みゃーこ様に、油揚げをコマに与えられない苦悩を感じさせたいですか?」


 蛍丸は一度息を吐いてから、クー子に言った。天御中主あめのみなかぬしのやめさせたくない理由は、クー子が放送している間に聞いていたのである。だから、やめさせたくない天御中主あめのみなかぬしに、クー子自身の気持ちを近づける道を考えた。


「させたくない……」


 クー子がなんだかんだそれで悩んだ時期もあったのだ。稲荷にとって油揚げは最高の嗜好品。コマと一緒に楽しみたいのは当然である。


「そうではないかと思いました! 予想が当たって、私は嬉しく思います。では、油揚げを供給できる手段を手放されますか? 天御中主あめのみなかぬし様も、こうおっしゃってるのに?」


 蛍丸はただただうまかった。それは、長い器物としての生の中で見てきたことであり、クー子からも学んだものだった。蛍丸はクー子を尊敬している。みゃーこという立派なコマを育てたクー子を。


「手放さない!」


 まるで子供のように、クー子は誘導されてしまった。


「流石クー子様です! あなたの頑張りは、私たちにずっと届いていますよ!」


 ママの才能が極限まで開花した蛍丸。それはまるで聖母であった。


「わ……私は、親失格である……」


 それを見て、落ち込むのが天御中主あめのみなかぬしであった。神々の最年長にも関わらず、子育てに失敗していたのだ。

 現代でいうところの“親ガチャ失敗”と、伊邪那岐いざなぎに言われても仕方がないと指を突き合わせていたのである。

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