第188話・やんごとなし

 着替えを終えたクー子は左側に猿田彦さるたひこ、右側に天細女あめのうずめを伴って楽殿に現れた。


 十二単は全ての女神が持っているものであり、盛装の際に用いられる衣装である。

 簪も三つを髪に刺している。花簪が二本、桜と小さな白い苺の花。それから赤い玉簪である。稲荷は簪で花と収穫物を表現する。赤い玉簪は実った苺を意味しているのだ。


掛けまくも畏きほどのやむごとなき神々よお名前を口にするのも恐れ多いほど高貴な神々へ我がために、よくおこしたまひき私のために集まってくれてありがとうございます口添へ、手を貸しし殿ばらのおかげに大社にするとおっしゃってくれた方工事を行ってくれた方たちのおかげで今この大社はありこの大社ができました礼の意表し、宴席を設けきささやかでありますが感謝として宴を開きましたいかでか、心ゆくまで楽しみゆきたまへどうか、心ゆくまでお楽しみください!」


 公式な場での神の発言は基本的に古い言葉が使われる。パッっと言おうと思うと、クー子も現代語が混じってしまう。そこで笏板しゃくいたが用いられるのだ。


 要するに、カンペである。そのカンペがあればこそ、クー子はスラスラということができた。この緊張せざるを得ない楽殿の上で……。


 緊張は仕方がない。天御中主あめのみなかぬし高神産巣日たかみむすびが見ている。それに加えて、三貴子のうち二人も来ているのだ。もはや高貴な神のオンパレードである。


「「「宴だあああああああああ!」」」


 ただ、宴会とあっては大和神族はうぇーい系ならぬワッショイ系である。神によっては、酒を掲げる神も居る。それが、天御中主あめのみなかぬしだったりもするのである。

 この場にある酒は全てお神酒である。なにせ、その殆どは蛭子命ひるこのみことが持ち込んだ高天ヶ原たかまがはら産の酒だ。


「うぉ!? あの、これお土産にいただけませんか!?」

「ぜひ、私にも!」

「私もお願いします!」


 その酒を目撃した、霊能人間組はもうビビッと来た。結界に使ってよし、飲んでよしである。


「ええでええで、何樽持ってく?」


 しかし相手はえべっさんこと蛭子命ひるこのみこと。感覚はだいぶおかしい。


「樽!?」


 単位に陽は驚いてしまった。

 そんなこんな、宴を楽しむみんなの中にクー子は降りていく。


「もう、蛭子ひるこ様! そんなにたくさん出したら、みんな驚いちゃいますよ!」


 と、クー子が注意したところ、蛭子ひるこの背後でゆっくりと酒を飲む平安貴族風の男が同調した。


「全くです!」


 そう、天神様である。


蛭子ひるこ様!? え!? いや、まさか!?」


 と、陽は酒を土産として持たせてくれると言ったきの良さそうな中年男性の顔を見た。


「わい、蛭子命ひるこのみこというで! 気軽にえべっさん呼んでな!」

蛭子菅原道真ひるこすがわらのみちざねと申します。彼の副官を勤めています」


 クー子は言っておいたほうが良かったのだ。ここにいるのは、誰も彼も有名神であると。

 菅原道真すがわらのみちざねなど、受験生の最強の味方。全国に社がある。ついでに、蛭子命ひるこのみこと恵比寿えびす様で、こちらは家に像を置く人間すらいるのである。


「兄貴! 酒くれ!」


 そんなところに、素戔嗚すさのおが来てしまうから、人間にとっては大変だ。


「兄貴って!? 素戔嗚すさのお様!?」


 伊邪那岐いざなぎ伊邪那美いざなみの血筋であるのがまるわかりのセリフに目を向けてみれば出会った中で最も高貴な神。陽はもはやリアクション芸人と化していた。


「おう、人の! 清々しくやってろよ! んで、クー子! 似合うじゃねぇか! 清々しいったらありゃしねぇな!」


 素戔嗚すさのおは、クー子の装いを褒めた。表情は満面の笑みであるし、口癖の清々しいも二連発。機嫌が最高潮なのは、もう察するまでもないのである。


「スー君! 声おっきすぎ! クー子ちゃんおめでとうございます! これからは、稲野一帯とうのいったいをよろしくね!」


 ついでに、天照大神あまてらすおおみかみまで来ていた。彼女は素戔嗚すさのおに比べると柔らかい笑顔を浮かべる。それは単に、性格的な要因である。


素戔嗚すさのお様! 天照大神あまてらすおおみかみ様! ありがとうございます! 楽しんでいってくださいね!」


 クー子もこの二柱を尊敬している。だから、満面の笑みになった。


「クー子ちゃん! お祝いぎょうさん置いて帰るでな! 今後もおおきに!」


 蛭子ひるこは上機嫌に酒をあおっている。その後ろでは道真みちざねが酒を三貴子二柱汲みに渡していた。


蛭子ひるこ様もありがとうございます! でも手加減してくださいね! じゃないと、本殿まで宝物殿になっちゃいます!」

「したら、増築しちゃるで!」


 これだから蛭子命ひるこのみことは厄介なのだ。無尽蔵の富を持つ神である。むしろ富そのものの象徴だ。彼の商売はいつも繁盛している。だから、金庫の容量に困ることのほうが多いのだ。


「ここ……やばいんじゃ……」


 蛭子命ひるこのみこと素戔嗚尊すさのおのみこと天照大神あまてらすおおみかみ、ついでばかりに天神様。豪華メンバーなんてものじゃない。ここに居たのであれば、天皇陛下だって恐縮するだろう。陽はもはや白目をむいていた。


「おうおうおう、無礼講だぜ! 忘れんなよ、人の! 気にしすぎると、清々しさが消えちまう!」


 素戔嗚すさのおはもう、祭り気分の真っ只中。上機嫌暴走モードだ。


「スー君はもうちょっと気にしなさい!」


 天照大神あまてらすおおみかみが、素戔嗚すさのおの頭をひっぱたいた。素戔嗚すさのおがボケとするなら、天照大神あまてらすおおみかみがツッコミなのである。ようやく素戔嗚すさのおの制御装置が、根の国から帰還したのだ。


「ひええ……」


 日本(権威的な意味で)トップコンビである。陽はもはや、何がなんだかであった。


「クー子ちゃん! 稲荷のところにいっていいよ! 絶対待ってるから、待たせちゃめっです!」


 ついでに、天照大神あまてらすおおみかみは長女気質であり、女神に標準搭載されるママ属性も持っている。


「はい、じゃあ行ってきます! 陽ちゃん、神凪ちゃん、細石彦さざれひこくん! 楽しんでてね!」


 クー子は言い残して稲荷の居る所へと向かった。

 ただし、霊能人間組、楽しむどころの騒ぎではない。高貴な神々に囲まれててんやわんやである。

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