第187話・祝えや祝え

 やがてクー子の社にも桜前線が押し寄せてきた。


 その頃には幽世かくりよの外の社も大社として完成した。本来神の判断による神社改修によって流布されるカバーストーリーとは別のものが流布された。クー子の社が新たに建立されたというものだ。


 それと同時に、クー子は振袖に着替えて幸枝という老婆の家に向かったのである。多少残る痣は幻術で隠して……。

 そう、神の前で名前を名乗ると個人情報は全て丸裸だ。個人情報保護法は神の前では意味を成さないのである。


 ちょうどよく、幸枝は家を出ようとしていたのだ。クー子はそこに出くわした。


「あれまぁ、クー子様じゃないですか! ちょうど、そっちに行こうかと……」


 クー子の読み通りだったのである。幸枝は、建立と聞いては違和感を覚えクー子に訊ねに行くつもりだったのだ。しかも、大社と聞いては是非ともお祝いという気持ちもあったのである。よって、幸枝は手提げを持っていた。そして、その中にはいなり寿司が入っていたのである。


「山道、大変でしょ!? だから、お迎えに来ました!」


 そんな、ちょっとした気遣いだったのである。なにせ老婆の足で山道を進むのはとても時間がかかる。そんなの、クー子が見ていられるはずもない。


「そんな、ありがとうございます……」


 幸枝にとって、それは恐れ多いことだった。ただ、それと同時に、本当に許された証拠でもあった。


「じゃあ、行きましょ!」


 クー子は言って手を引く。おぶって走ってもいいが、流石に目立つし老人の心臓には悪すぎるのだ。

 音速で走れてしまうのは流石にである。


 そう、ここから転移はできない。神社と神社の間は転移可能だが、それ以外は不可能。普通に歩くしかないのである。

 と言っても、術は色々ある。中には体を一時的に強化するものもあって、クー子はそれを老婆にかけていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クー子の社の桜は見事に八分咲、更にはまだまだ参拝客が訪れておらず、境内で神が遊べなくなる日が近かった。クー子もそろそろ有名な神社の神となる。ならば、この最後の機会を存分に楽しむべきだったのである。


「さぁ、人の子や! 今日は社の完成祝い。座って飲んで食べようじゃないか!」


 あまりに足が軽くずんずん進んでしまって驚いた幸枝に、天御中主あめのみなかぬしは声をかけた。


「あ、ぬらりひょんは、妖怪じゃないよ! 天御中主あめのみなかぬし様! 今、主治医をしてくれてるの!」


 驚きすぎて声のでなくなった幸枝にクー子が説明し、そして楽殿へと向かった。

 完成したのはクー子の社。なら、主役はクー子である。楽殿へ上り、挨拶をする義務が課せられていた。


「こんにちは。私、神倭細石彦かむやまとさざれひこと申します。神主として務めさせて頂けることになりました。今後よろしくお願いします」


 この頃、細石彦さざれひこは神主として任命されることが決まった。渡芽わため細石彦さざれひこによくなついている。よって、人を変えて環境の変化に渡芽わためを晒すより、このまま決めてしまうのが良い。天御中主あめのみなかぬしも含めた総意である。


「幸枝さん、久しぶり! 俺、巫女になったよ」


 巫女が陽、それはもうここが大社になる頃からの決定事項だ。とうの陽は不満げであるが……。


「お料理お持ちしましたよ!」


 そこへ蛍丸たちが幽世かくりよから出てきた。重箱にたくさんの花見弁当を詰めて。

 作りたてである、料理は熱々で、蓋を開けると香りが襲って来るほどだ。


「幸枝様、ようこそおいでくださいました! まずは、お茶の一つでも!」


 みゃーこは酒を飲めるようになった。神と人では酒を飲む許可も得ている。ただ、それは興味でしかない。甘酒は美味であるし、神酒として扱うのにそれで十分だ。


「美味しそう……」


 渡芽わためは幸枝の持つ手提げから香る匂いを感じた。いなり寿司の匂いである。


「実は……これを持って来たんです! お稲荷さんのお社ですから、お供えといえばこれと思って」


 幸枝はそう言っていなり寿司を取り出した。

 そうこうしている間である。今日はそもそも宴会なのだ。クー子の社が大社として完成したそのための祝いに、クー子の元々の神族、稲荷が駆けつけぬわけがない。


「おや、この人の子最高だね! あたしは宇迦之御魂うかのみたま、一番有名なお稲荷さんだよ!」


 だからゾロゾロと現れたのである。主神から、玉藻前たまものまえ葛の葉くずのはに。


大盛幸枝たもさきえと申します。どうか……」


 幸枝は慌てて頭を下げた。宇迦之御魂うかのみたまだなんて、有名神ゆうめいじんも有名神である。

 しかして、現れたのはそれだけではない。


「かまへんかまへん! 無礼講と行こうや! おいちゃんも飯持ってきたでな!」

「そうそう! 楽しくいきましょ! あなたにとって神遊びなんですから!」

「クー子のやつ、こりゃ清々しい社を立ててもらったなぁ……」

「流石、猿田彦さるたひこくんです!」


 ゾロゾロと高貴な神々が現れるのである。

 尚、現在クー子は着替え中だ。今日は、十二単を着る。盛装が必要な日、クー子の晴れ舞台だ。


「挨拶は、クー子ちゃんの後で! ほら、もうすぐきますよ!」


 天照大神あまてらすおおみかみは楽殿を指し示す。幸枝にとって、それはただただ不思議な光景だった。

 クー子の社の境内だけ、まるで異世界のようにも感じられる。なのに、どうしてだか懐かしい。

 それも当然である。大和民族のルーツはその光景なのだ。飲めや歌えや騒げや祝え。春の訪れ、新たな社。大和の祭りは神遊び。故に人も神も境なく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る