第184話・KANNNUSHI

 神だけで細石彦さざれひこを迎えたものの、クー子の社には人間不信治りかけのクー子と人間嫌いの渡芽わためがいる。神主としてここに務めるのに大切なのは、この二人に認められることだ。


「ごめんね、あんなお出迎えで……。天御中主あめのみなかぬし様が言い出したの」


 茶の間に案内したクー子は、蛍丸にお茶を入れてもらいつつ細石彦をもてなした。


「うむ! 洒落が効いていたであろう!?」


 なぜか天御中主あめのみなかぬしの分身、ぬらりひょんは胸を張っていた。


「はい! 驚きました! 神々に出迎えていただくなど、光栄の極みです! それに、なんだか緊張がほぐれました」


 おべっかの部分があり、そして真実の部分があった。神に仕える一族の者として、細石彦さざれひこは緊張をしていたのだ。最初に神々で出迎えた故に、一気に緊張は高まり、そして神が減ったことで落差で解れたのである。


「うむ、人の子は礼儀正しいのう……」


 と言った、天御中主あめのみなかぬしの言葉の裏には、高御産巣日たかみむすびのデリバリー別天ことあまツッコミに対する恋しさが潜んでいた。それを口にしないのは、細石彦さざれひこへの気遣いである。


「あ、なるほど! やりすぎです! 天御中主あめのみなかぬし様!」


 だが、汲んでしまうのが細石彦さざれひこである。こうして、他人の機微に敏い細石彦さざれひこだから神主の候補になったのだ。


「あなや!? 愛しや!」


 人間で天御中主あめのみなかぬしにツッコミを入れたのは、細石彦さざれひこが初めてだ。このことは、天御中主あめのみなかぬしに大いに気に入られることになった。


「とりあえず、改めて自己紹介ね! 私が駆兎稲荷狐毘売かけうさいなりのきつねひめです! ここの大社を任された、お稲荷さん! 神倭かむやまとの人たちに、あなたにもお世話になると思うけど、よろしくお願いします!」


 と、少しばかり間違った自己紹介をするクー子は、天御中主あめのみなかぬしにツッコミを入れられてしまった。


「君は駆稲荷かけいなりの主神だ!」


 そう、クー子は主神となったのだ。その自覚が追いつくにはおそらく10年ほどかかるだろう。神は気が長すぎて、このあたりが問題である。


「あ、そうでした」


 と、クー子は後頭部を撫でた。

 その、茶の間にはみゃーこに渡芽わためも居て、蛍丸は今しがた茶を入れ終わり席に着いた。


「従一位にして補佐を務めます、駆稲荷満野狐比売かけいなりのみちつけのきつねひめにございます!」


 それぞれが自己紹介を始め、その順番はこの社に来た順番である。


渡芽わため! 超越神階!」


 だから、最もヤベーやつが二番目になった。


建速蛍丸たてはやほたるまると申します。神階は従八位を賜っております、クー子様の神器です」


 そして、神倭かむやまとにとって一番偉大さを実感しやすいのが彼女だ。三種の神器を神器として運用する場合の力を知っているのが神倭かむやまと。現在、三種の神器は神性の更なる上昇を防ぐために直接用いるのは許されない。これ以上神に神器を没収されては、皇室もたまったものではないのだ。

 そして、蛍丸は典型的な没収された神器。三種の神器よりヤベーやつと、簡単にわかってしまうのである。


「いやはや、流石神の世界です。我々人間には想像を絶する力をお持ちのようでして……」


 絶句だ。なにせ、その蛍丸が自分の前で最も低い神階を名乗ったのだ。


「我々、かなり特例的に神階を頂いておりますので、どうか気楽にお願いします!」


 と、みゃーこが補足する。必死なのだ。あまりかしこまられ過ぎないように、程よい関係を築くために。


「かしこまりました。では、神々との関わり方はは陽様や葵様が最も良く心得ていらっしゃるはず。ご教授願うことにいたしましょう!」


 今の人の世、最も神と近いのはその二人である。陽に葵、二人共神々に直々に鍛えられ教えを受ける存在である。

 神倭かむやまとはあくまで神々と皇室を繋ぐ存在、お堅い役職である。そうではない関わり方は今回が初めてなのだ。だからこそ、先達はその二人。教えを請うことに一切の躊躇はなかった。


「うぇ!?」


 ただ、飛び火した陽は気が気ではない。なにせ、陽の側も神倭かむやまとを先達と思っていたのである。


「なにを驚かれます? 実質的には、陽様が神主でございますよ! 私はただ、政と繋ぐ役目。古代日本のしきたりの、女性祭祀王さいしおうのようでございますね」


 と、細石彦さざれひこは笑った。

 古代日本は女性祭祀王と男性統治王の世界だった。中世ヨーロッパなどにも見られるが、宗教勢力というのは極めて強い。女性祭祀王は実質的に、男性統治王以上の権威を握っていたのである。

 古代の女性祭祀王は権力に固執しなかった。故に、統治王を立て、相互協力関係で国家を運営していたのだ。


「それに、陽ちゃんって前世の記憶あるしね! あ、陽ちゃんは安倍晴明やすべのはるあきだよ!」


 クー子が明かしてしまった。


「それはそれは! ますます篤く敬いませねば!」


 安倍晴明あべのせいめいといえば、人の世でも最も有名な陰陽師である。当時最強を誇った陰陽師が転生し、神になる寸前にもう一度人として生きている姿なのだ。細石彦さざれひこはそれを敬うのに一切の躊躇などあるはずもない。


「バラさないでください!」


 陽は陽で、JKをやっている今の自分と、前世の自分を結び付けられるのは、恥ずかしくてしかたがなかった。


「当面は、仮に神主として様子を見るが良いだろう。そのまま、細石彦さざれひこが神主になる気が大いにするが……」


 天御中主あめのみなかぬしが言ったところで話はまとまる。この天御中主あめのみなかぬしの“気がする”、はほぼ百発百中である。細石彦さざれひこは神主となるのだろう。ただその時も細石彦さざれひこがこのままの関わり方を続けている保証は、誰も出していないのである。

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