第183話・細石彦

 クー子という神は、存外に色々な神と関わっている。匿名で鈴が届くも、出来栄えで誰が作ったのかがわかってしまう。この出来であれば、まず間違いなく金屋子かなやこだ。鍛冶の主神による鈴である。


 また、ほかにも蛭子からコマ狐の石像や手水の柄杓ひしゃくが届いたりもする。そんなわけで、クー子の社はどんどんと豪華になっていくのだ。


 ギラギラとけばけばしい光を放っている様相ではない。色合いは落ち着いて、それでも空間に満ちる香りや、作りの良さがひっそりと上品にアピールしてくる感覚である。


 人間とだって、深い関わりを持つきっかけをクー子はたくさん作った。よってやはり人も訪れるものだ。

 その日、クー子の社にはこの日本において裏の皇室とも呼ばれる隼人の末裔、神倭かむやまとの男が訪れていた。


 境内には陽が居る。クー子の社は本殿に拝殿と手水舎が完成したところ、神社としてとりあえず拝むことはできるようになった。流石の猿田彦である、工事が異様に早く進むのだ。


「すみません。倉橋陽くらはしはる様でよろしいでしょうか?」


 神倭かむやまとの人は慇懃いんぎんだだ。彼らは天皇陛下の権威の元動いている自覚を持っている。故に、その名を汚すことはできず、幼少の頃から礼儀と陰陽道を学ぶ。


「はい! 巫女を務めさせていただいております、倉橋陽です」


 まず、神倭かむやまとのその人は名乗っても良い相手かどうかを詮索していた。相手がその陽であるならば、問題はない。改まり、深く頭を下げて敬礼を示してから自己紹介を行った、


宮内庁零課陰陽師くないちょうぜろかおんみょうじ神倭細石彦かむやまとさざれびこと申します。神により巫女を任されしあなた様に、誠に不遜でございますがこの社の表向きの宮司の候補としてご挨拶仕りますよう、天皇陛下より賜りました」


 細石彦さざれひこは、神倭かむやまと家の中でもしっかりと力を持つ存在である。神に直接育てられている神凪葵かんなぎあおいに次、人の世では三番目に力を持つ存在だ。同時に、神と人との間に立つ神倭かむやまととしての修行過程を終えて、単独での神との交渉も許可された者である。更には大国主おおくにぬしとも面識がある。

 要するに、クー子の社に務めたとして、クー子が幽世かくりよから出てきた時に正しい対応がとれる数少ない人間のひとりである。


「ご丁寧にな対応、心より痛み入ります。幽世かくりよ神坐かむずまりります、駆兎稲荷狐毘売かけうさいなりのきつねひめ様の元へご案内いたします。本殿の方へどうぞ」


 陽は神倭かむやまとという名を知っている。宮中陰陽師が生まれる前から神々に仕えた先輩の一族だ。故に本当は聞きたいこともあった。今の天皇陛下が健勝であらせられるか、それに神倭かむやまとからなら霊能の歴史を聞くことが出来るはずなのだ。それらを聞くのは幽世かくりよで良いと考えた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 本来参拝さんぱいというのは、拝殿はいでんを拝む事である。本殿ほんでんを拝めるのは、基本的には関係者のみ。つまり、幽世かくりよ直行便だ。

 幽世かくりよの中ではクー子たちが待ち構えていた。なぜか全員仁王立ちである。


「あの……なぜ、天御中主あめのみなかぬし様が?」


 直近で神倭かむやまと天御中主あめのみなかぬし(本体)は出会っている。伝承にあるぬらりひょんの姿は、天御中主あめのみなかぬしのものであると神倭全員が共有済みで、もちろん細石彦さざれひこも知っていた。


「私はクー子の治療をするためにしばらく常駐するのである!」


 仁王立ちで堂々と宣言する、後頭部異常発達小柄おじいちゃん。天御中主あめのみなかぬしである。


「あの……猿田彦さるたひこ様とお見受けしますが……」


 宮大工の元祖がここにいた。


「クー子さんの社建設中です!」


 仁王立ち物腰柔らか天狗、猿田彦さるたひこである。


「あの……なぜ天細女あめのうずめ様が?」

「ついでに新婚旅行も兼ねています!」


 晩婚気味の猿田彦さるたひこ夫婦はまだ新婚気分である。仁王立ち天女、天細女あめのうずめが堂々と宣言した。


駆兎稲荷狐毘売かけうさいなりのきつねひめ様ですよね?」


 中央に立たされて冷や汗をかいているクー子。まるで、率いるようなポジションに立たされていた。

 そう、天御中主あめのみなかぬしがおちゃめ機能を全開にした故にこの状況が出来上がっているのだ。


「う……うん……」


 クー子は焦っていた。天御中主あめのみなかぬしがさも自分の右腕のような顔をしているのだ。至高神はとてもお茶目である。茶目っ気がない神は、高天ヶ原たかまがはらには存在しないのである。

 そんなクー子たちの後ろにぬらりと、さらに混沌が現れた。それはなぜかハリセンを手にした美丈夫で、天御中主あめのみなかぬしの頭にそれを振り下ろした。


「人の子をからかいすぎです!」


 天御中主あめのみなかぬしにツッコミを入れられる存在は、別天ことあまつの神のみである。小気味の良い音が響き渡り、その一発だけを残してその神は消えた。


 デリバリー別天ことあまツッコミ、高御産巣日たかみむすびである。


「おふっ! いや、すまぬ! 前回は説教だった故な、此度はお茶目に登場したのである!」


 額を撫でながら天御中主あめのみなかぬしは笑った。


「えっと、これ……」


 細石彦さざれひこは説明を懇願するように陽を見た。


「諦めてください。我々の神々、こんな感じです……」


 細石彦さざれひこはこれまで神々の真面目な側面ばかりを見てきたのだ。陽は苦笑いするしかなかったのである。

 世界では、伝承が途絶えた神もいる。お茶目すぎて権威性を失ってしまった神々である。だが、日本は皇室を現人神のまま維持してしまったがために、伝承を途絶えさせることを許してもらえなかったのだ。なにせ、完全伝承者のすめら神族が居たのだから。

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