第181話・一本鳥居

 日常は繰り返しだ。それが愛しいもので構成された状態が、幸福である。繰り返すことをいとうのは、愛しくないもので繰り返しが構成されているからである。


 かつての渡芽わためはそうだった。だが、今はどうだ。渡芽わためは繰り返しを願っている。千年であろうと万年であろうと、永遠ですら構わないと思っていた。


 そう、ちょっとしたイレギュラーがあっても。


「「「けまくもかしこき、駆兎稲荷狐毘売の大前おおまえにに、かしこかしこみもうもうさく。御魂みたまあつひろきき、恩頼ふゆよりて……」」」


 唐突に幽世かくりよに響き渡る祝詞のりと。何事かと思い、渡芽わため幽世かくりよから首を出すと、そこには猿田彦さるたひこ地蔵菩薩じぞうぼさつ監修の元、クー子の御神体とされている岩に手を合わせるローブの集団がいた。


 そう、彼らは元黄金の夜明け団アレイスター派。彼らのオカルティズムは数奇な道を辿って、神秘に至った。ジーゾ教を数ヶ月名乗って、今は高天ヶ原教である。教祖は神々であり、どうあがいても永遠にカルト宗教だ。

 カルト宗教とは、教祖やその直系の弟子が存命している宗教を言う。


「クー子おぉぉぉぉぉ!」


 ただ、知らぬ渡芽わためからしたら、現在多くの日本人が使っている方の意味でカルト宗教に見えた。即ち、怪しげな集団である。

 さもありなん、ローブを着て神社参拝は怪しすぎるのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あははぁ……ビックリしちゃったね! 大丈夫、ちょっと変な人だけど、地蔵さんの弟子たちだから!」


 変な人を見てびっくりしてしまった渡芽わためはクー子に泣きつき、慰められて抱き上げられて今に至る。


「ほんと?」


 渡芽わためにとってクー子は日常という繰り返しを幸福に保つ要石だ。彼女が言うならば信じよう、それは絶対に裏切らない。そんな風に思っているのだ。


「うん! 私の人嫌いが治ったきっかけの一部だよ!」


 無数のきっかけに恵まれて、今のクー子がある。社会とは相互関係の集合体であり、社会の中で生きる存在は数え切れない程に多い。クー子だってそうなのである。


「いい人……?」


 渡芽わためはまだだ、人間というものを信用できない。それでも現実にいい人間とはであってきた、それを渡芽わためはある種の人外と解釈することで理解していたのである。

 クー子と渡芽わためはそのまま歩いて神社の境内へと出た。驚くことは色々あって、まず建物が増えている。大社とは、中にたくさんの建造物があるものばかりだ。


 手水舎ちょうずしゃ拝殿はいでん本殿ほんでん。この三つは間違いなく存在する。ほかにも色々あることが多くて、クー子の社には既に祓社はらえのやしろと改築と移設がされた鳥居が鎮座していた。


「すっごい! 鳥居かっこいい!」


 そんなもので、クー子の目は最初に鳥居に言ってしまった。


「ご満足いただけましたか? こちらが大鳥居! きっと参道には、無数の鳥居が並ぶでしょう!」


 千本鳥居は後からできるのである。作るのは多くの場合人間だ。その大鳥居にご満悦のクー子を見て、猿田彦さるたひこは胸を精一杯張った。


「クー子様!! 我々にどうぞ、千本鳥居の一本目の栄誉を!! どうか!」


 魔術師たちはそのために来たのである。極めてシュールだ。稲荷に鳥居を献上する魔術師は、史上初である。


「えっと……まっちゃん!?」


 代表の男であるから、一番位が高いはず。ならばとクー子は記憶から、その名前を引っ張り出した。視聴者として視聴者としてコメントしてくれたおかげで、知ることができたものである。


「おぉ……我が名を! 光栄にございます!!!!」


 いちいち感激にむせび泣く魔術師、やはりキャラクターが異常に濃い。


「変な人……」


 だから渡芽わためは、クー子が本当の事を言っていると改めて実感した。神のちょっとは、割とちょっとではないことが多い。これに関しては、神々の感覚が狂っているだけというのもわかってきたところである。

 ついでに、確かに悪い人ではなさそうとも思った。元悪い人ではあるのだが……。


「なんともお可愛らしい方。私マイクと申します。クー子様にお救いいただいた、神秘の探求者でございます」


 悪くなくなったのは、クー子に術をかけたのがきっかけである。


「ん! 渡芽わため! クー子のコマ!」


 渡芽わためも随分流暢に喋るようになった。最近では意識せずとも文法が口からまろびでるほどだ。


「ふむふむ、コマ狐様ですね! さて、あなたの神様に私は鳥居を献上して差し上げたいのです。願い事は……そうですね、これからもよろしくお願いします、といった感じで!」


 全然お願いではなかったのである。このまっちゃんテンプリことマイクも、地蔵やイエス・キリストから神のことをしっかりと学んでいる。今となっては、その気になれば神主もできるほどだ。


「クー子さん。彼ら、頑張って鳥居を作ったのです。もらってあげてくださいませんか?」


 地蔵はいつものアルカイックスマイルだ。地蔵は魔術師たちが懸命に鳥居を作る姿を見ていた。まず木材は杉とブナからできている。これが太陽と土をあらわすのだ、併せて豊穣を意味するように。西洋の術式ではあるが、しっかりと稲荷が表現されていたのである。


「うん! 喜んで、いただきます!」


 クー子がもらう初めての鳥居、それが魔術師からというのは少しおかしくて、おかしいのがまた自分らしいと思った。

 それから、術師たちは魔法陣を書いて、呪文を唱えた。仏教の影響もかなり受けている召喚術式で、それが終わると、鳥居がにょきと生えたのである。





―――――――

予約投稿すっかり忘れておりました。申し訳ございません!

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