第180話・愛しき日々

 食事ができると、みんな幽世かくりよの中の方の本殿に集まって食事を取る。

 いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる。そんな、ごく当たり前の大和民族的な食事風景である。


「相変わらず、ほたるんの料理は美味しいです! というか、またお上手になりました!?」


 笑顔の絶えない食事風景である。みゃーこの言うとおり、薬膳であるはずが食べるそばからするするとのどを通ってしまい、いくらでも食べられそうな気分にすらなる料理だった。


「事変後、クー子様のそばにずっといることができませんでしたからね。暇を持て余して、薬師やくし様に教わっておりました」


 蛍丸は一級神器である。高天ヶ原たかまがはらでも希少だ。本来正二位の側に在るものではない。だが正一位になるのであれば正式に永久授与とすることができる。その手続き自体は素戔嗚すさのおが行うことで、蛍丸はその間薬師如来に薬膳料理を教わっていた。

「うむ……りっぱだ! あっぱれ! 天御中主あめのみなかぬしがこの味を保証しよう!」


 しかし、蛍丸も興が乗りすぎである。天御中主あめのみなかぬしにここまで言わせてしまうと、高天ヶ原たかまがはらで食事処を開くことすらできるのである。


「葵たん! あーん!」


 花毘売はなひめは割と百合百合しい。女神によくある、子煩悩がいつまでも爆発しているのだ。


「はい……」


 葵は大変だ。自分が務めている神社の守護神が、食事を手づから食べさせてくるのである。


「葵サン!? いつも、食べさせてもらってる!?」


 食べさせてもらうことに抵抗を示さない葵を見て、いつものことであるのは察した。だが、それがいつものことなのが陽にとっても驚きなのだ。


「これはあれであるな! 神と知り合えた巫女は、まかない付きだな!」


 と愉快そうに天御中主あめのみなかぬし。まかない(神膳)である。やたらと健康になれるし、やたらと霊験あらたかなまかないなどたまったものではない。


「いいなぁ……お料理上手いいなぁ……」

「うーたんのご飯も好きですよ! うーたんと一緒なだけで満足です!」


 バカップル猿田彦さるたひこ天細女あめのうずめはいつもどおり。食事の時も二人の席はとなり同士、スキあらばイチャイチャするのである。

 それはそれで、天御中主あめのみなかぬしにニヤニヤとした目線を送られるのだが、気にするようではこんなに長くバカップルを続けられない。


「もう! さるたんってば!」


 だから、天細女あめのみなかぬしは幸せそうに笑う。


思兼おもいかねめ……大儀だ……」


 天御中主あめのみなかぬし、割と関係性ヲタである。否、仲睦なかむつまじい姿に微笑まない神は少ないのだ。和魂には、他人の幸せも蜜の味である。


「クー子……」


 そんなバカップルに触発されたか、それとも花毘売はなひめに触発されたか、渡芽わためはクー子に体をぴたりとくっつけた。


「ふふふっ、甘えんぼさん! はい、あーん」


 そのクー子から、子供のようにあしらわれた、渡芽わためは不満そうだった。それでも、やっぱり幸せだった。

 だから、とても複雑な表情になってしまったのである。


「うむ……やはり正室は、クー子がよいか……」


 天御中主あめのみなかぬしがポツリと呟く。彼の立場的に、天照大神あまてらすおおみかみに子が必要であり、渡芽わためもである。天照大神あまてらすおおみかみには既に子孫がいる、せっつくと逆効果とわかっている。よって今は渡芽わための嫁、あるいは旦那探しが重要である。


「ぶふっ!」


 真っ先に吹き出したのは、陽だった。


「し、失礼しました!」


 ただ、神々の食卓でそんな無作法をしてしまったことにさらに慌てた。


天御中主あめのみなかぬし様! まだ渡芽わためちゃんは、0歳扱いなんですからね! 陽ちゃん、大丈夫?」


 クー子は少し怒った口調で言う。もういまさらなのだ。かしこまっても仕方ないほどに、色々手助けをしてもらったあとである。そもそも、天御中主あめのみなかぬし好々爺こうこうや※優しいおじいさんのような部分があるのだ。


「あ、すまん、みゃーこありがとう」


 吹き出してむせた陽は、みゃーこから軽い介抱を受けていた。


「いえいえ!」


 全方位礼儀正しく親切なみゃーこ。愛される要素は十分である。


「陽や、すまんな。ただ、渡芽わためは悪い気はしてないようであるぞ!」


 やはりそれが厄介なのだ。事あるごとに、ロリ×おねが推進される。否、推進せねばいけない立場があるのである。


「多分……理解……足りない」


 渡芽わためは最近はそれも感じている。自分が子供であり、そして結婚というものをしっかりと理解していないのだと。

 渡芽わための願いはシンプルだ。クー子とのつながりが、永遠にありますように。そんな願いである。結婚願望も、未だそれでしかない。


「もしも、理解が及び、なおも結婚を望むのであれば、この天御中主あめのみなかぬしが手を貸す。この約束を覚えておいて欲しいのだ」


 お見合いとしても良い、政治的な手法で外堀を埋めることもいくらでもできる。まるで伏線のような言い方であった。


「ん!」


 渡芽わためはそれでも、永遠の絆は何をしても欲しいと思う。

 もう手に入れているのに、それが当たり前すぎて気づいていないという側面もあった。


「まぁ、クルムが本当にそうしたくなっちゃったら、断れないんだけどねぇ……」


 政略結婚をクー子に強制できる権力は渡芽わためのまわりに集まってきている。


「んー……」


 それはそれで、何か違うのだと渡芽わためは思った。

 やはり、渡芽わためにとってはクー子にはいつでも幸せでいてほしい。それだけは変わって欲しくないのである。


「ふむ……」


 それはそれとして、まだまだ企む天御中主あめのみなかぬし。彼が企んだ時点で成就の可能性は極めて高いのである。

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