第179話・越境

 早速、工事は始まった。猿田彦さるたひこの工事は、びっくりどっきり玉手箱である。

 なにせ猿田彦さるたひこが使っている大工道具は、全て二級神器。そして、珍しくないタイプの付喪神が宿っている。まだ自分の意思を持たない、道具として振舞うことしかできない付喪神だ。


 普通の付喪神はそうなのだ。道具として使われる間に微かに宿る意思なんて、役に立ちたいというものだけだ。なにせ、それは道具なのであるから仕方ない。


 ただ、ちょこまかと走り回るすみつぼや、懸垂けんすいをするように木を削るカンナは、見る人によっては可愛らしく映るだろう。猿田彦さるたひこは、可愛いと思う側である。


 コマ二人組に、人間二人組は、神楽の練習中だ。天細女あめのうずめが面白おかしく教えている。ダンスレッスンの時にステップが違うと軽く叩いて教えてくれるインストラクターがいる。天細女あめのうずめのレッスンもそれに似ていて、間違っているとそこをくすぐられるのだ。


 そんなわけで、神組はあぶれてしまった。特にクー子は痣が深いもので、まだ安静を心がける必要も多少はあった。


「さ、クー子や! お前の、術をちょこっと学ばせてもらってな。ほれ!」


 と、天御中主あめのみなかぬしが黒い板を持ってきた。そして、そこにインターネットとは少し違うモノが写った。


『続きましてのニュースです。先月話題になっていた、平安時代風の装束をまとったゲリラパフォーマーの目撃報告が全国で途絶えました。ツイッターなど各種SNSでこれを嘆く声が上がっており、ゲリラパフォーマー達の帰りが待ち望まれています。また、一部では、このパフォーマーたちを神であると崇める声も上がっています』


 そう、それはテレビだったのである。やはりおじいちゃんといえばテレビなのだ。それは、宇宙開闢かいびゃく級であろうと特段変わらない。


『いやね、すごいんですよ! あのですね、パフォーマーの多くが着ている服、水干って言うんですけどね! 神社とかで、神主さんが着てる奴。それで私も一人おはなしする機会があったんですけど、すごく上質な布だったんですよ! なんでしょう、日本の昔の文化を取り戻したいっていう人たちなんですかね? 見た目、結構若いんですよ。でも、喋ってみるとものすごい年上と喋ってる気分になりました。私も帰ってきて欲しいです!』


 神々が現し世で妖怪退治をしていたことを、人間たちは自分たちの常識に落とし込んでいた。そのおかげで神バレがかなり防げている。だが、どうしても一部気づいてしまった人々はいるようだ。


 ものすごい年上としゃべっている気分は正しい、実際若手でも普通に百歳を超えていたりする。水干だって、とても上質な布で間違いない。現し世に存在しないほど上質だ。


「うーむ、便利であるな……。さて、こうなっては仕方ないか……。もう、神であるとバレても良いことにしよう! 各自自分の判断で神を名乗るようにと、するか……」


 天御中主あめのみなかぬしは顎を撫でながら、そんなことを言っている。神と人と、その境界線はゆっくりと壊れつつあるのだ。

 再度境界を引くことはできるだろう。でも、せっかく伊邪那美いざなみ高天ヶ原たかまがはらに戻ってきたのだ。もっともっと、人と神が近づけばいいと天御中主あめのみなかぬしは思った。


「「いいんですか!?」」


 クー子も花毘売はなひめもその言葉にはビックリである。つまり、これまで以上にフランクに大和民族に接していいことになる。


「うむ! 気づく者も多かろう。だが、さりとて喧伝するは良くないぞ! わかるものにだけわかるようにを心がけよ!」


 でも、天御中主あめのみなかぬしはクー子の放送の面白さを維持したい。本体は今、クー子のアーカイブを漁っているのだ。


『え!? 申し訳ございません、放送は一旦待って欲しいそうです。また、お伝えできる機会があればぜひ、お願いいたします。さて、次のニュースです……』


 テレビは情報を垂れ流す。それがテレビのいいところである。能動的に求めなくても、ずっと発信を続けてくれるのだ。

 一度は地に落ちたマスコミの信用度、それは近年回復しつつある。インターネットを駆使する若者が、テレビ局に流入したことがきっかけである。


「む!? 神倭かむやまとめ! そこで止めたら、神であると認めるようではないか!」


 天御中主あめのみなかぬしは次に神倭かむやまと家の者と会ったのであれば、必ず説教をしようと心に決めた。


「えっと……」


 クー子は、人間側の事情にとても疎い。つい最近まで人嫌いだったのだ、仕方がないのである。


「クー姉さま、神倭かむやまと家が宮内くない庁に働きかけて、放送をストップさせたものだと思います」


 だから、花毘売はなひめがそれを説明した。

 花毘売はなひめ、クー子に対して説明ができることが、ほんの少し嬉しいのである。憧れの相手に資するのは嬉しいものなのだ。


「あ! なるほど! 花ちゃんありがとう!」


 なんて、クー子に言われた日には、花毘売はなひめは内心気持ちが良かった。


「クー子様、もうすぐ薬膳が出来上がります」


 帰ってきて早々、社の台所は蛍丸に再度征服された。すっかり、料理長なのである。

 この蛍丸が夕食ができることを告げてくれる言葉は、クー子をひどく安心させたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る