第178話・着工

 クー子たちが社の中の幽世かくりよで一息ついた頃である。その老爺ろうやは唐突にぬらりと現れた、筋骨隆々の鼻だけ天狗のような男と絶世の美女を連れて。


「「「うわっ!?」」」


 そりゃもう、一同ビックリである。いきなり三人……いや、三柱も現れたのであるから。


「もう! 天御中主あめのみなかぬし様!」


 クー子は笑いながらもほんの少しだけ怒った様子である。

 ただ、その言葉を聞いて、人間組はガタガタと震えだしたのだ。この宇宙の開闢を司る最初の神が目の前にいる。無理もないことである。


「ふははは! 失礼した! さて、クー子よ! 神倭かむやまととの議論の結果、ここが大社になることが無事決まった! して、巫女と神主が必要だな……」


 天御中主あめのみなかぬしの本性はこちらである。初めて社に現れた時のような、破天荒なお茶目爺さんなのである。

 そんな言葉の途中、天御中主あめのみなかぬしはクー子の幽世かくりよの中に人間がいるのを確認した。


「うむ? そなたら、何処かの社の巫女であるか?」


 天御中主あめのみなかぬしの目には、神通力があるかどうか、神への敬意が足りているかどうか、一目瞭然である。二人共、巫女として十分な素質を持つものである。むしろ、そのまま神の仲間入り確定の二人組であった。


「掛けまくも畏き、天御中主神あめのみなかぬしのかみ! 我、神凪は熊山神社の巫女務めさせたまへさうらふ務めさせていただいています!」

「掛けまくも畏き、天御中主神! 我、倉橋陽くらはしはるは野良の陰陽師にございます!」


 相手が、至高神だけに神職二人組は、訊ねられたら全力で答えざるを得なかった。


「ふむふむ、では陽や。君を、クー子の大社の巫女として勧誘したい。……すかうとなるものであるな!」


 と、天御中主あめのみなかぬしは笑う。開闢級かいびゃくおじいちゃんも、横文字を使いたくなるお年頃なのだ。


「しかし、豊かな森ですね。良質の木材がいくらでも取れます! 腕が鳴りますよ!」


 猿田彦さるたひこは、頭の中にもう幾通りもの図面が浮かんでいた。大工仕事が得意な神であるが、基本的にその仕事が好きなのである。天細女あめのうずめがいなければ、ずっと何かを作っているほどだ。


「さるたん、楽殿らくでん作ろ! 楽殿らくでん!」


 天細女あめのうずめが一緒に来ると、猿田彦さるたひこにすぐこれを作らせようとするのは玉にきずである。楽殿らくでんというのは神楽を舞う場所のことだ。


「相変わらず、仲がよろしいですね!」


 クー子は、そんな二人をちょっと微笑ましく見ていた。

 二人の夫婦歴は大体3000年ほど。クー子が生まれた頃、日本に瓊瓊杵尊ににぎのみことが降り立った時に出会って、結婚したのである。天細女あめのうずめは、猿田彦さるたひこのギャップに一発OKだったのだ。猿田彦さるたひこは強面である。だが、物腰は柔らかで、ものづくりに耽っていなければとても親切だ。耽っていると、かなり無口になってしまう。だが、その時少年のように輝く瞳が、天細女にとって可愛くて仕方がないのである。


「まだ新婚だもん!」


 新婚の基準も割と神スケールだ。人間にとって悠久でも、神にとって瞬く間なんてことはザラである。


「ところでクー子殿! 楽殿らくでんをお作りしても? 豪華なものをお作りしますよ! 新しくコマを迎えられる場合、練習の場として最適です!」


 そして、猿田彦さるたひこ天細女あめのうずめが大好きである。お願いされると全力で叶えようとする。だから、まずはクー子の説得に乗り出した。


「あ! ねぇ陽ちゃん! そこで巫女舞みこまい練習したらいいんじゃない?」


 だが、そもそもクー子は乗り気である。


「クー子さん!? 俺……ちょっと……」


 大社で神楽舞かぐらまいとなれば、衆人環視の元ということもある。陽にはそれが少し受け入れづらかった。

 なにせ前世は男であり、そんなことをしてしまえば性自認が揺らぐ気がしてならない。


「良いではないか! 工事の間は、天細女あめのうずめより舞を教えてもらえるぞ! それに今は女子であることも、楽しむのが良い」


 だが、天御中主あめのみなかぬしの言うとおり今の陽はJKである。TSギャル巫女陰陽師とかいう、よくわからない生命体である。


「教えてあげるよ! 高天ヶ原たかまがはら一の舞手に教わる機会は、貴重だよ!」


 高天ヶ原たかまがはら一も何も、彼女が起源である。彼女が白といえば、黒さえ白となる。舞を見て美しい楽しいと思う心も、彼女が司っているのだ。


「うーちゃんは、本当に上手ですよ」


 と、猿田彦さるたひこが笑った。

 天細女あめのうずめは、自分が舞のルールでありながら、自分の夢想する舞を実現するための練習は怠らない。そして、それが楽しいのだ。練習と努力がイコールで結びつかないのである。


「わ……分かりました……」


 否定できるわけない。三柱(至高神含む)による説得を断ることができる神職など存在しないのだ。


「あ、あと、悪い神通力を変換する舞もあるから、それは渡芽わためちゃんにね!」


 舞は様々な力を持っている。天細女あめのうずめは、その全ての舞踊を修めた最強の舞姫だ。治療の役に立つ舞踊を渡芽わために教える。天御中主あめのみなかぬしから、それに関しては既に言い含められてたのである。


「よろしく……お願い……します!」


 渡芽わためはペコリと頭を下げた。


「何この子可愛い……」


 礼儀正しいケモ耳幼女に庇護欲が掻き立てられない女神など、荒御魂あらみたまである。天細女ももちろん、そのいじらしさに胸を打たれてしまった。


「さて、では話もまとまったところで、猿田彦さるたひこ! 頼む!」

 天御中主あめのみなかぬしが言うと、猿田彦さるたひこは立ち上がって腕をまくりたすきをかけて槌を持った。


「任せてください! 高天ヶ原たかまがはらの宮大工ここにありをご覧に入れましょう!」


 そして、ニッカリと笑うのだ。既に、少年の……否、大工の顔である。

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