第175話・主神クー子ちゃん

 次の日が訪れるまでに、クー子が出歩く姿が見られることは、高天ヶ原たかまがはらで周知された。なにせ話題の英雄達の話である。


 そしてもう一つ、その神通力が主神級であると言うこと。それも当然周知された。命の息吹を、心地の良い温もりを纏う主神級の正二位の神、稲荷駆兎狐毘売いなりかけうさのきつねひめ。今やクー子はぬらりひょん並に謎存在として扱われていた。


 高天ヶ原たかまがはらで神々が勤務する領域はさほど広くない。よって、噂が広まるのは一瞬だ。噂と同時に、疑問が伝播するのもである。


 神法かむのり第八条・神階について

 第一項・すべての神は道を踏破し十分な力を持ち、そしてその歴史に於いて功と認めざるを得ないものをもつ場合、これを正一位の主神とする。

 第二項・正一位の主神は自分がそうなるまでに育てた最初のコマを仮の従一位として補佐に頂くものとする。


 この高天ヶ原たかまがはらに存在する法律の一部分である。これに則れば、クー子は主神にならねばならなかったのだ。それをそろそろ解消せねばと立ち上がったのは、この高天ヶ原たかまがはらの最強の権威と力だった。


『集まってもらってすまない! だが、良き知らせであると約束をしよう! 稲荷駆兎狐毘売及いなりかけうさのきつねひめ稲荷満野狐比売並いなりみちつけのきつねひめびに稲荷大孁渡芽包巫毘売いなりおおひるめのわためくるむのひめ、ここへ!』


 正一位に従一位が集まる、高天ヶ原たかまがはら第一席の勤務領域、歴冊宮へぶんのみや。そこでクー子を含む三人が天御中主あめのみなかぬしによって壇上に呼び出される。


 そして、その中で発せられた渡芽わための呼び名は、ひどく特殊だった。

 神々はそれを聞いてざわめいた。稲荷であり大孁おおひるめである、その存在のなんと特異なことかと。だが、いぶかししむ者は居ない。そう呼ぶのが正しいと感じられる説明をただ待つのみである。


 クー子壇上に二人のコマを連れて上がる。中央に天御中主あめのみなかぬし、クー子から見て右側に天照大神あまてらすおおみかみ、左側には素戔嗚すさのおが居た。そしてその素戔嗚すさのおのさらに左には、蛍丸が居る。


『頭は下げずにいなさい。君は、病み上がりである』


 クー子が頭を下げぬよう、天御中主あめのみなかぬしは周囲の神々にも聞かせるように大きな声で言った。そもそも、正一位や従一位たちは、今のクー子が頭を下げる姿を見たくなかったのである。

 そこで、天御中主あめのみなかぬしは周囲の神々から、頭を下げなかったクー子を叱責する理由を奪った。頭を下げぬようにとは、天御中主あめのみなかぬしの命令であると。


稲荷駆兎狐毘売いなりかけうさのきつねひめ! 君を正一位とし、ここに駆稲荷かけいなり神族の設立を宣る! 駆兎稲荷狐毘売かけうさいなりのきつねひめと名を改め、主神として任命する! 素戔嗚すさのおよ!』


 と、天御中主あめのみなかぬし素戔嗚すさのおに繋いだ。


建速たけはやより祝いとして、また新たな主神の補佐として、建速蛍丸を任命するものとする。また、天照大神あまてらすおおみかみより、新たに仮の従一位の任命を……』


 蛍丸は素戔嗚すさのおの言葉に従い、クー子の隣まで来た。そして、天照大神あまてらすおおみかみが任命を行う。


稲荷満野狐比売いなりみちつけのきつねひめ、名を改め駆稲荷満野狐比売かけいなりみちつけのきつねひめとして、従一位に任ずることとする。また、駆稲荷大孁渡芽包巫毘売かけいなりおおひるめのわためくるみこのひめを日司の後継とし、大孁おおひるめの身内として超越神階に任ずる!』


 と、大きな声で宣言したあと、天照大神おおひるめはみゃーこと渡芽わための耳元に口を寄せた。


「一気に昇進しすぎて大変かもしれないけど、いつでも大孁おおひるめを頼ってくださいね。渡芽わためちゃんも居るし、身内だからね」


 みゃーこは一気に出世しすぎたのだ。偉大すぎる神のコマになってしまったがために大変である。だが、それは天照大神あまてらすおおみかみが思うに気持ちの部分だけだ。今回の一級事変でコマたちに勇気を与え結束させた手腕、それは従一位として十分な能力なのである。


『この駆兎稲荷狐毘売かけうさいなりのきつねひめに、稲野隠森社いなのかくしもりのやしろを与え、これを大社として改修することとする! 追って、猿田彦さるたひこ及び天細女あめのうずめ及びぬらりひょんを派遣するものとする』


 情報過多であった。というのも仕方がないのだ。猿田彦さるたひこ天細女あめのうずめは悠久のバカップルである。現在夫婦ではあるが、引き剥がそうとすると大変なことになるのだ。そこで、一緒に行かせるのは仕方がない。それと、天御中主あめのみなかぬし渡芽わためとクー子の完治まで手を貸す約束を交わした。よって、分身であるぬらりひょんは絶対に派遣しなくてはならなかった。


 天御中主あめのみなかぬし高天ヶ原たかまがはらにいるときのぬらりひょんは、妖怪なんて呼んではいけないほど最強だ。なにせ、いつでも本体と入れ替わることができるし、天御中主あめのみなかぬしの半分ほどの力を持っている。クー子でも理不尽を感じるほどには強いのである。


『拝命仕りました……』


 と、うっかりクー子が頭を下げそうになって、それを天御中主あめのみなかぬしは止めた。


『頭は下げないでおくれ』


 本当は本調子に戻るまで待ってから、この任命式はやりたかったのである。


『さて、では皆の者にこの駆稲荷大孁渡芽包巫毘売かけいなりおおひるめのわためくるみこのひめについての説明をしよう。彼女はこの高天ヶ原たかまがはらを最高位を任じた天照大神あまてらすおおみかみと同じく、遍く全ての道を通る子である。されど、彼女はこの駆兎稲荷狐毘売かけうさいなりのきつねひめを選んだ。よって、彼女自身の意志を尊重し、健やかであることを祈って、任せることとした! 異例の速さにて主神となった神である。よって、不足なしと判断する。異議あれば唱えよ!』


 誰も言葉を発さなかった。代わりに、波打つように、神々は頭を下げたのである。新たな主神クー子、その下でどうか大孁おおひるめの子が健やかであるようにと願いを込めて。

 そもそも、最初から異論がある神などいなかった。みゃーこが説得力なのである。

 その後、式典は進み、太陽は結局天照大神あまてらすおおみかみ奉還ほうかんされたのである。

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