春の世界
第170話・母に恋する
クー子が目を覚ますと、そこは
「まだ眠っていてもいいのですよ」
それは、低く、そしてどこまでも柔らかな声だった。深く年輪が刻まれ、まるでこの世の全てを知っているかにすら思える。だが、そうではないのだ。
「あなた……様……は?」
体の所々に、
「
心の中にある不安を全て解いてしまうような、朗らかな笑い声だった。
初代医療の神、というより英知そのものの父がクー子の看病に当たったのだ。ただ、この世に在る全ての英知を集めたとして、全知には遠く及ばない。
「たかみ……むすび……様……。
クー子は本質的に母である。気にすることなど、最初に我が子の安否に決まっている。
「横をご覧下さい」
クー子が横を見ると、そこには
二人共、
二人共、半身は黒く変色していた。特にクー子が
「良かっ……た……」
無事を知って安心したクー子は再び眠りにつく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらくして、クー子は再び目を覚ました。ただひたすらに、心地よくて、まるでそれは水に浮かぶかのようだった。
否、クー子は浮いていた。神の肉体の比重と同じほどに濃密な神通力の上を漂っていたのだ。こんな量の神通力をすぐに出力できるのは、
「えっと……これは……」
クー子は驚いて声を出した。だが、もう一つ驚いたのである。あれほどぼんやりとしていた意識がはっきりとしている。そのくせ、痛みは大したことはない。
痛いは痛いのだが、それは治りかけの傷の痛みに似て、さほど辛いものではない。
「クー子!」
「クルム……」
ただ、その姿は痛々しい神通力の傷跡は残るものの、元気そうに見えた。クー子にとって、これほどの安心はない。少なくとも元気に動いている。傷跡がいくらあったとしても、それだけが重要だった。
動けていれば死ぬことはないのだ。傷跡など、クー子はいくらあろうと気にしない。道によって恒久的に生まれてしまう神通力に関しては仕方がない。だが、そうでない傷は後々癒すことができる。それにいくら時間が掛かろうと、愛するのだと心に決めている。否、愛さずにはいられないのである。
如何になろうと、
抱きしめたくてたまらなかった。
「さて、これ以上は今の段階では無理ですね。一度下ろします。
「あ、はい! ありがとうございます!」
礼は言わずにいられなかった。自分と、
「元はといえば、そばにいられなかった我々が悪いのです。ですので、しばらくは一切のお仕事をお引き受けしますよ」
と朗らかに、安心させるように
神通力はゆっくりと霧散し、クー子たちは布団に横たえられた。そして、すぐにお互いがお互いに寄り添いあっていく。
二人共体はボロボロだった。真っ黒な痣が浮かんでいた。それでも、それは些事なのだ。気にすることはない。
「ごめんなさい! 私のせいで!」
「助けたいって思ってくれたのは、本当に嬉しいの。それに、あの時は仕方なかったよ。でもね、次はちゃんと私じゃなくてもいいから、神様に相談しようね?」
クー子は怒らない。万が一そこに悪意があったとしても、悪意の理由を考えただろう。子が親に悪意を抱く理由は、大抵親にあるのだ。理由なき悪意を、親に対して振りかざす。そんなことを考えることも、クー子には耐えられないことである。
それに、今回は悪意などなかった。心の底からの善意で、少し空回ってしまっただけだ。クー子の覚悟はあまりに強い。子の善意に殺されるなら、それを幸福であると断ぜるほどである。
「ごめんなさいいいいぃぃぃ!」
子供は親を失うより怖いことなどない。もしそれがそうでなくなってしまったのであれば、悲劇の連鎖の果てのことである。
「ふふふ! 大丈夫だよ! それよりさ、もう甘えてくれないの?」
クー子にとって、別にいいことだ。だからそんなことより、目の前の些細な大きな悲劇を回避したかった。
「いい……?」
「うん!」
それでいいのだ。クー子にとって、それこそが幸せなのだ。心の奥底から、こみ上げるような愛おしさはきっと吊り橋効果なのだろう。でも、もともとあったものが増幅されただけ。クー子の中では何も問題はなかった。
問題は
プルチックの感情の輪によると、信頼プラス喜びは愛になる。それも、
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