第164話・もう一つの戦場

 三十秒待った。

 玉依毘売たまよりひめと、豊玉毘売とよたまひめが消えてから、みゃーこはじっと待っていた。ここには、年嵩としかさのコマも居る。励まし合うためなのだろう、成りコマだってここにいる。

 その全てを、みゃーこは過大評価していたのだ。そのことに気づいて、立ち上がらねばと思ったのである。


「若輩ではございます! どうか、お話お聞き届けくださいませ!」


 端から端まで届く大きな声をみゃーこは上げた。

 コマたちが静まり返るのをみて、みゃーこはさらに続ける。


「コマはまだ未熟にて、あるじたる神様に庇護ひごを頂く身! なれど、ここに神様はいらっしゃりませぬ! ならば、相互にて慰め合い! そして、心を一つにするとき! 主たる神様がたは戦ってらっしゃいます! この世界を守ってくださるのです! ならば、神の身を案じる不安と戦うのが、我々の戦でございます! 成られた先達のコマのかた、あるいはその前の妖を待つ方々、声をお上げください! 戦より帰られる神々へ、誠に勝手ながら、いざ宴の用意を!」


 みゃーこは任命はまだであるが、事実としては成りコマとなった。この最も過酷な時期に羽化を果たした、偉大なる小さな神である。

 成りコマは、神なのだ。みゃーこは、この戦が終われば小初位を拝命する予定である。だが、みゃーこを育てたのはクー子。その心の優しさが、強さが、教育を通して遺伝していた。そして、人嫌いは幸いにも全く遺伝しなかった。好きで自分を語るクー子故に、良い部分だけを遺伝させることに成功したのだ。


「あの立派なコマは誰ぞ!? 我らの心の弱きを鼓舞しおった! まっこと良きたけりである!」


 最初に立ち上がったのは、建御雷たけみかづちの神族のそのコマだった。誉めそやし、神器を抜いて掲げて立ち上がった。


「あんお嬢さんは、満野狐みやこはんいいはりまんねん! 駆兎狐くうこはん言う立派な神様のコマでっせ!」


 次に石売いしうりが立ち上がる。知己ちきだけに、その名前を堂々と喧伝した。そして、それをる自身は、最初に立ち上がれなかったことを恥じた。


「新米のコマはございます! なれど、美野里狐みのりこもお力添えを!」


 次々と伝播していく、みゃーこの勇気。それは、すべての状況を一変させ、そして神が最も望んだであろう姿を体現させた。ただ、一つを除いて。


「んで、満野狐みやこはん! 物はお任せあれってなモンですわ! 何ご用意いたしましょ!?」


 石売いしうりは蛭子の神族である。普段商売に携わっている。それどころか、ある程度責任を持った仕事をこなしている。商売の神の系譜、その商才は人類などでは歯が立たない。


「肉であるな! 戦の後と言えば肉だ! 肉さえ食えば、傷は癒える!」


 建神族は、ここがダメなところだ。脳髄まで全て、筋繊維で構成されているのかと思えるほど、考えが筋肉頼みなのである。すなわち、神基準の脳筋だ。


「それでは、弱り果ててお帰りになる神様が咀嚼できないではありませんか! 柔らかいものを……」


 確かに肉も用意すべきと、みゃーこは思った。だが、それだけでも困るとも思ったのだ。


「柔らかいものですか!? 美野里狐みのりこちゃん様※玉藻前のこと直伝の麗白粥ましろがゆを仕込みましょう!」


 料理上手と言えば、玉藻前たまものまえ。それは既に美野里狐みのりこに遺伝していた。美野里狐みのりこ玉藻前たまものまえの手伝いが好きである。よって、料理の手伝いの流れでいくつものレシピを伝授された。


「出しゃばってよろしいでしょうか?」


 そこに、一人の肌の黒いコマが立ち上がった。


「是非!」


 みゃーこは即答する。それは、大黒のコマであり、ここで最年長のコマだった。ただ、恥じ入りすぎて立ち上がるのが遅れたのである。


「薬もご用意しましょう。薬師様より、いくつか伝授賜っております」


 彼はバビロニアの医学の祖、エザキルである。クー子よりも年上で未だ成りコマをやっているのだ。

 というのも、大黒神族は独り立ちが最も遅い神族である。治世を知り、医学を極め、地上に知らぬ薬なし。そうなってようやく一人前だ。要求されるものが高すぎる神である。イエスはこれを瞬く間に覚えた、エザキルから見た彼は天才である。


「ほな、お肉、白身魚、米、薬草。以上でよろしか?」


 石売が、必要な物をまとめる。


「はい! お願いします!」


 みゃーこは言った。もはやここにあるのは不安ばかりではない。目標があり、団結があり、そしてなにより和があった。

 多くのコマが、自分の神の寄り代が割れるのを見たことがない。死んでも、寄り代に戻ってくるだけと思えないのだ。その逆境を全て跳ね除けてみせたのだと、みゃーこは思った。


「ほな、いきまっせ! 蛭子ひるこォー! ファイッ!」


 石売いしうりが声をかけると、蛭子ひるこ神族に属するあまたのコマが立ち上がった。


「オッ!」


 と、まるで運動部のような声を返しながら。

 ただ、一人だけ別の事を言う。


わてわて我々、文官やろ!」


 そう、どんな時でも蛭子ひるこ神族は漫才気質なのだ。そうすれば、暗い思いは消し飛ばせる。それが、蛭子ひるこ神族の教えの一つ。また、こうすることで、営業の時も楽しく商品を紹介する話術も身につけていくのである。


「私も参りましょう。薬草を厳選致します」


 と、エザキルが蛭子ひるこ神族の方へ進む。

 すると、両腕をがっちりと蛭子のコマたちに掴まれてしまった。


「ほな」

「いきまひょか……」


 わざと暗い笑みを浮かべる蛭子ひるこのコマたち。左右から根掘り葉掘りいろいろと質問しつつ、エザキルを倉庫へと連行した。

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