第156話・鵺

 時は来た、一級事変の始まりである。


駆兎狐くうこ様! ふるさと村付近に妖怪発生! ぬえです! 弱体化確認! 大祓おおはらえが効力を発揮しています!』


 最初の報告は柱千葉之守神はしらちばのもりかみからであった。彼女の監視管轄地は最も広い。非住宅型家屋は全て彼女の管轄だ。


「すぐ向かうね! みゃーこ、ほたるん!」


 手短に二人を呼びつけ、戦支度を整えたクー子。

 みゃーこは、子の剣を持ち、そして蛍丸はクー子の背で剣の姿となった。

 腰には塩の小包。祓い清めるために必要な装備であった。


『では……』


 柱千葉之守神はしらちばのもりかみが通話を切ろうとした時に、クー子は言う。


「クロちゃんに連絡して! 約束したの!」


 そう、クー子が今回の事変で妖怪退治をする間、渡芽わためを見てもらうことを。

 一級事変と呼ばれるくらいだ。葛の葉くずのはには頼めない。おそらく、鍋石にも多くの妖怪が発生している。


『かしこまりました。すぐに!』

「うん、よろしくね! じゃあ!」

『はい! ご武運を!』


 通話はそれにて終わった。

 戦に赴く格好をしたクー子を、渡芽わためは心配そうな目で見ていた。


「そんな顔しないで。すぐ帰ってくるから!」


 と、クー子は渡芽わためを安心させるよう努めた。


「クー子様は中津国最強! そうそう、遅れはとりますまい!」

 

と、みゃーこもそれを後押しした。

 それでも、渡芽わためは消え入るようなか細い声で言った。


「待ってる……」


 と、ただそれだけ。

 自らの無力に苛まれ、じくじくと心が痛む。そんな、渡芽わためにクー子が出来るのは、ただ必ず帰ることのみだった。


「いってきます!」


 振り切るように、そのいじらしさに引かれる後ろ髪を断ち切ってクー子は歩く。彼女の世界を、いざ守るのだと。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 鵺とは未知から生まれる妖怪だ。人類の文明がまだ黎明だった頃、それは常にいた。だが、科学の発展とともに姿を消していった。故に、クー子は古い妖怪だと思った。

 だが、それは呻くのだ。


『なぜだ……。否定し、打倒する……。そのために何故団結しない……』


 だから、クー子には、それが全くわからなくなってしまった。

 力は感じない。ただ不気味さがそこにあった。


「みゃーこ、前衛!」


 だが、力は感じ無い以上、そうするより他は無い。そもそも、鵺というのは、成り立ちからして不気味な妖怪である。故にクー子は前衛をみゃーこに任せた。


「はい! 駆けよ! 狐火!」


 みゃーこの術も、度重なる修練でかなりの成長を果たした。それは狐の姿となり、それぞれ青・白・赤・翠の四色の色を持っていた。そしてそれと一緒に、みゃーこは突撃する。自ら、金色の炎を纏って。

 四神邪滅陣だ。それを、今のみゃーこは一手で作り上げてしまう。


退しりぞき給え、道返みちがえし!」


 同時にクー子は、妖怪の魂を根の国に送るための祝詞をあげ始める。


「殘穢の焔!」


 みゃーこはクー子としか戦ったことがない。よって、いつだってその術は限界まで精緻でなくてはならなかった。


「誘い給え、光なる君!」


 それは、天照大神あまてらすおおみかみたてまつるる言葉である。今は根の国に居る天照大神あまてらすおおみかみに、その魂を受け渡すのだ。

 爆炎が起こり、その中でみゃーこは叫ぶ。


「四神邪滅陣!」


 狐火が、それぞれの四神を象る。そして、みゃーこは金色の雷龍を纏った剣で鵺を斬りつけた。

 オーバーキル。一瞬、クー子はそう思った。だが、その注がれすぎた神通力を子の剣が吸収したのである。


 よって、その後ろからクー子が鵺を蛍丸にて切り裂いた。

 すると、いつからそこにあったのか、根の国の門、道返しの大岩が開く。そして、鵺はそれに吸い込まれて行ったのであった。


「ごめんみゃーこ。アレかなり弱ってたんだ……」


 本来鵺は、塗仏と同格だ。荒御魂寸前の相手である。だが、大祓をされたとあっては、鵺もたまったものではない。よって、みゃーこの全力だと、魂ごと砕いてしまうのである。


「そ、そうだったのですね!? やりすぎました……」


 と、反省するみゃーこ。だが、悪いのはクー子であった。


「いやいやいや、私が説明を怠ったの。ごめんね!」


 そして、謝るべき相手は鵺である。ただ、妖怪相手にやりすぎてしまった時に、謝れた神は存在しない。


「いえ、お尋ねすることも……あっ」


 不意にみゃーこの手から、剣の感触が消えた。

 代わりに小さな狐が現れて、みゃーこにじゃれついたのである。


「え!?」


 状況が分からず混乱するクー子に、蛍丸が説明をした。


『神通力が余剰だったのを吸ったからでしょう。いたわってあげては?』


 蛍丸は付喪神だけあって、子の剣のことがよくわかった。


「んじゃ、帰ろっか! みゃーこ、抱っこしてあげて」


 子の剣はみゃーこの神器。その化身も、みゃーこによくなついていたのだ。

 そんな時である、クー子の耳にドサッという音が届いたのは……。

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