第155話・白馬の女神

 少しだけ落ち着いて、クー子達は居間に戻っていた。


「ねぇ、みゃーこはどんな自分と対峙したの?」


 と、クー子が尋ねると、みゃーこはバツが悪い様子を醸し出した。クー子をまっすぐ見つめたのだ。

 普段はバツが悪いと目をそらすみゃーこ。だが、一周回ってイヌ科的な感情表現をしているあたり本当に受け入れがたいのだろう。クー子はそう思った。


「笑わないでくださいませね……」


 みゃーこは前置きをする。


「もちろん!」


 と、クー子は宣言して、渡芽わためと蛍丸はそれにうなづいた。


「大きくなった満野狐が、クー子様に褒められて、油揚げまでもらっていたのです!」


 みゃーこは、恥ずかしすぎて逆に声が大きくなってしまった。

 渡芽わためは笑わない。自分だってそれは嬉しいから。

 蛍丸も笑わない。特段恥ずかしいこととは思わなかった。

 宣言をした、クー子だけが笑ってしまったのである。


「ぷっ!」


 みゃーこは、瞬間鬼の形相へと変貌した。


「笑わないとおっしゃったではありませんか! むしろ、ほたるんもクルムも笑わなかったのに、クー子様が笑うとは一体どういうご了見ですか!?」


 激怒であった。笑わないと一番に約束してくれたクー子が笑ったのだ。


「ご……ごめん」


 クー子は本当に悪いことをしたと思った。でも、それは仕方のないことだ。


「人の親は見たことがございます。子が、まだ甘えたりないと言うと、嬉しくて可愛らしくてえみが抑えられない生き物です」


 蛍丸は理解していたのだ。クー子もきっとそういう生き物なのだと。

 それを果たしてクー子自信が言って信じてもらえるか……。断じて否と思い、代弁を買って出たのである。


「えっと、ほたるんが全部言ってくれた通りの理由なの。ごめんね……」


 クー子はみゃーこがまだ親離れしていないことが嬉しくてたまらないのだ。そう、もう一人のクー子然りである。


「みゃーこ! いっしょ! 嫁ぐ!」


 渡芽わためはみゃーこも永遠に一緒に居ればいいと思っている。

 結婚を完全に理解していない。だが、その発言が実現すると百合ハーレムになるのである。


「クルムー。それ、意味わかってる?」


 クー子はもう、顔がほころんで仕方なかった。幼さがゆえの、面白い発言。それに、思兼おもいかねが言ったのは婚姻は、渡芽わためが主だ。


「ん? ずっといっしょ!」


 今は渡芽わためはただそうなのだとばかり理解していた。


「いいですか? クルム、あなたに求められているのは、子を成す義務を負った婚姻です」


 と蛍丸はそろそろもうちょっと理解してもらおうと発言した。

 だが……。


「家族! 増える!」


 だが、渡芽わために子作りのメカニズムなど理解せよと言っても無理な話である。彼女に性知識なるものは一切存在しない。


「クルム! そういうのは好きな方にいうのです! 自らをいつでも支え、お互いに救い救われ共に生きてゆける方に!」


 みゃーこは全力で訂正しようとする。


「追いつく!」


 それも、渡芽わためにはダメだった。


「あのねクルム、それは白馬の王子様に言うんだよー?」


 クー子は渡芽わためがそれを知っていると思った。少女というのはロマンスが大好きなのだ。


「白馬の王子様?」


 渡芽わためがそんな童話を聞いたことがあるわけがなかった。


「えっとね、自分を助けてくれる人! それで、自分のことを大好きになってくれる、自分も大好きな人!」


 クー子は懸命に説明するが……。


「「クー子様……」」


 蛍丸とみゃーこに、生暖かい目を向けられてしまった。


「クー子!」


 それは、渡芽わためにとってクー子以外ありえない。

 二人の目線は、自分で言っていて気づかないのかという目線である。


「えっと、私じゃなくて……」


 クー子が否定しようとすると、渡芽わためは涙目になってしまう。


「好き……違う?」


 それはそうである。自分を愛してくれていると信じた神に言われたのだ。


「大好きだよ! すごく大好き!」


 ただ、それはどうしてもクー子にとって変えようのない事実である。クー子は渡芽わためのためでも、命すら惜しくない。もちろんみゃーこのためでもだ。


「クー子!」


 だから、渡芽わためにとってはの白馬の王子様はやっぱりクー子なのである。

 たまたま女神だっただけだ。しかも、自分とクー子の間には子が成せるというではないか。渡芽わためにとって、クー子程理想の結婚相手はいない。


「これは、もう受け入れるしかないのではございませんか?」


 みゃーこは言った。もうどうにでもなれと言う気持ちであった。


「そんなこと言わないで!」


 大体、そうなってしまえば渡芽わためのハーレムにみゃーこも入ることになりそうな発言があったのだ。

 だが、それを聞いた渡芽わためはまた涙目である。


「あ、いや! ちがくて!」


 と、クー子が否定すると、渡芽わためは笑った。

 嘘泣きということにしたかったのである。


「もー!」


 クー子は笑顔に変わった渡芽わために安心した。

 ただちょっと泣き真似をするだけで、こんなにも動揺する相手。その愛は疑いようもない。ただ、婚姻というのはもう少し特別なことなのかと考えを改めたのである。


「クルムには敵いませんね」


 と、蛍丸が微笑んだ。

 もうすぐ、一級事変が始まる。故に、その寸前までは笑わねば損である。

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