第152話・クレデンティス

「汝の神は存在しない!」


 なにせそれは、この世界のたどり着くべき最終目標である。全知全能、それは無限の探求の果の出来事である。


ヨハネ:実在を証明する方法などない。だからこそ、信じるのだ! 我らが神は天に有る! そして、貴方は天使である!


 クー子はそれを否定したかったのだ。だが、現代キリスト教徒は寛容で、それでいてかたくなだ。


「むー! 本当に存在しないの! これから目指す……アッ、イッチャッタ……」


 口論の末についカッとなって、事実がクー子の口からまろび出てしまった。


「クー子様、それちょっと……」


 お粗末過ぎるクー子についついジト目になるクロ。だが、神のおもらし癖は今に始まったことではない。人類開闢かいびゃく以前より続く、由緒正しき悪癖だ。


ヨハネ:なるほど。全知全能にして、唯一なる神は我々の祈りの果てに、現れる? いや、そうか! 我々が一つになった神こそ、唯一神! 全知全能なる我らの父!

まっちゃんテンプリ:そうなのだ! 救世主の徒よ! だからこそ我々は調和し、一つと数えて差し支えない存在にならねばならない。富を、知恵を、慈悲すらも共有する全にして個なる世界。それぞ、まさしく全知全能なのだ! 我々は枝葉として、互を慈しむべきである!

マジコイキツネスキー大佐:ちょいちょい話がでかくなりすぎてきたわ……。あーこれがクー子ちゃん神話における、セフィロトかぁ……。いや、枝葉……。ユグドラシル要素もある感じ?

コサック農家:スケールでっかw え!? なに!? これお稲荷さんと人間のジェネレーションギャップを楽しむチャンネルじゃないの!?

そぉい!:頼むからガチ神って言ってくれ! じゃないと、モデラーが自信喪失する!

まっちゃんテンプリ:クー子様は我々を啓蒙してくださった、尊き神の御柱であらせられるぞ!

オジロスナイパー:まて! そうなったら、この神話欲張りセットみたいな混沌が真実になっちまうぞ!

ヨハネ:良いのでは? そうだとしても、我が神も日本の神も、尊いままである!

スイフト:お前が認めたら終わりだろうがあああああああ!


 視聴者は、もしやと思い始めていた。特にヨハネだ。自らの神は、天使たちの目標とされている。自らの神の尊さは、保証されている。否、むしろキリスト教が掲げるただの唯一神ごときでは到達できないほどに尊いとすら感じたのだ。目指す先、目標。ただ、それは疑いようもなく唯一にして無二の全知全能。そこだけが、変わっていない。


「あの! あの!」


 クー子は極限まで慌てた。

 だが、コメントは次の瞬間、別のことに騒がしくなったのである。


マジコイキツネスキー大佐:クー子ちゃん後ろ!


 それは、放送にぬらりと現れた。

 それは、額が平で、頭が後ろに長かった。


「最後ゆえ、暴れるとするか!」


 それは、妖怪ぬらりひょんであった。ただ、面白おかしくも蛍丸に送られた兎耳をつけて現れたのである。


「なんで……見えて……」


 クー子は驚いた。ぬらりひょんは、触れない限り知覚できないはずだった。

 見えないと言うのは間違えだ。見えていて、見ていることに気づかないのだ。


「ぬらりひょん!?」


 クロは驚き毛を逆立てる。

 伝承にある、ぬらりひょん。だが、それは天御中主、天地創造の神が地上のとある生物を模した姿だった。


「この姿は、ホモ・サピエンスが言うところの、ホモ・ネアンデルタールだ。ご覧のとおり、頭が大きい。脳が大きいのだ。分かるか? 知恵も肉体の強さも、サピエンスより上だと言えよう。さて、人類よ。僭越ながら、啓蒙しよう。汝らは、その知恵で発展したのではない。信じることによって発展したのだ。故に神は、汝らをこう呼ぶ。信仰する人間と。あぁ、ラテン語であったな。ならば、ホモ・クレデンティスと!」


 そう、人類の発展は信じることによってもたらされた。

 他人を信じ、他人の神を信じて群れを大きくした。信仰こそが人類に発展をもたらせた。


 全ての生物が、生きれる影には神がいる。でなければおかしい。生物の誕生は、那由多の彼方に一つだけ転がっていた可能性。それが幾度と滅び、そしてまた呼び起こされて今に至る。こんな都合のいいことは存在しない。少なくとも、その乱数の抽選が無作為なのであれば。


「ぬらりひょん……」


 神を以て、さらに神秘なる存在。別天とぬらりひょん。そもそもぬらりひょんは、別天が残した存在である。

 故に、渡芽わためはそこに神秘性を感じた。


「大孁の人の稲荷の子。久しぶりだな。健勝そうでなにより! さて、クー子や。ちょいと、話を聞いておくれ……」


 と、ぬらりひょんは好々爺のような笑みを浮かべた。


「あ、うん! 助言!?」


 ぬらりひょんといえば助言。それ以外に何もない。


「いや、今回だけは質問だ」


 と、ぬらりひょんが言うから、クー子はここで放送を切ることを決めた。


「ごめんねみんな! ぬらりひょんが出たので放送終了! 退治してきまーす!」


 そんな風にもっともらしいことを言って。

 ただ、それは視聴者たちにさらに曲解されて都合よく伝わった。


マジコイキツネスキー大佐:マネージャーか!! 設定を壊さないまま、上位者みたいな立場で出てきやがって! 面白いじゃねぇかw

そぉい!:なんで精巧なモデルがあるんだよ!


 コメントはここまで。続きは掲示板にて語られる。だが、クー子がそれを見る事はなかった。

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