第151話・猫の気持ち

 昼食後、放送が始まった。


「こんにゃんちわー! 今日もね、昨日に引き続きテーマがあります! 猫神様に聞こう! 猫の気持ち!」


 クー子の堂々たる宣言。だが誰も、それが本物の猫神が教えてくれるなど思わないだろう。


「ニャッ! まずこの鳴き声、挨拶よ! 英語のHi! に相当するの!」


 ちょっと親しみのこもった挨拶なのである。


「ほー……、ニャッ!」


 台所で聞いたそれに、そんな意味があったのかと感心しつつ、渡芽わためも猫真似で挨拶した。


マジコイキツネスキー大佐:いや、わたちゃんかわいいなおい!

コサック農家:こんなに可愛いキメラは初めて見た

そぉい!:マジでもうツッこまない。マジでもう謎技術しかない。

オジロスナイパー:愛猫家居るかー!?

ヨハネ:我が天使、猫よ!

まっちゃんテンプリ:キリスト様を信奉する方がそんなこと言って……大丈夫そうですね。彼、懐が無限に広かったですし


 視聴者、まっちゃんテンプリは、元アレイスター派にして現在神々に直に教えを受けている人間だ。イエス・キリストとも直接の面識を持っている。だから、全然許されるだろうと、即座に思った。

 だが、そもそもが間違えではないのだ。キリスト教で言うところの天使とは、日本で言うところの神である。だからこのクロも、キリスト教で解釈されれば天使なのだ。

 擬人化された姿のVTuberは多いが、そのままの姿を見ることができる場所は少ない。イヌ科やネコ科の本人と文化交流ができるチャンネルに関しては、ここだけだ。


「わたちゃん、ネコ科神族の事しっかり勉強しましょう!」


 渡芽わためは先ほど失敗している。その勉強の過程は視聴者たちにとっても、可愛らしく映るだろうとクー子は思っていた。


「ん!」


 渡芽わためは意気込んだ。覚える気満々である。

 神というのは、覚えることが人間より多い。人間の言語は6500種、神は追加で58種の非霊長目語に、無数に存在する霊長目語にすら講師が存在する。すべての神が集まれば、この地球に言葉の通じない相手は存在しない。

 この言語を全て網羅するのは、神の最終目標の一つである。


「んじゃまずわたちゃん! ネコ科は首のあたりがきもちいのは知ってるニャーン?」


 今回、クー子はクロに頼んでいた。積極的に猫語を出すようにと。

 クロは神である。猫語など出さず完全に人語で喋るなど、たやすいことだ。そこをあえて、今は猫に自分を寄せている。


「知らなかった……」


 渡芽わための家に愛猫などいたはずもない。わからなくて当然だった。


「じゃ! なでていいニャーン」


 すました顔で、クロは許可を出すものの、猫語の部分が本当の意味を伝えていた。


「これ、要求だから。撫でていいじゃなくて、撫でて欲しいってことになるよ!」


 クー子は解説した。


「わかってます、……」


 クロは猫としての本質と、神としての本質を兼ね持っている。クー子には、上位の神に対する尊敬を感じていた。完全に人語化させると“わかってますねぇ、さすが”となる。

 今、超高音域で、鳴いたのだ。ここには、甘えている感情が含まれていた。

 渡芽わためは、手を伸ばす。だが、その手にクー子は手を添えて、低い位置に押し下げた。


「わたちゃんは、クロちゃんよりおっきいからね。上からだと、怖くなっちゃう子も居るからね」


 人間はよくここで失敗するのだ。

 デカイやつに上からこられたら怖い。全生物共通の本能である。


「ん!」


 渡芽わためは、確かに自分も怖いと思って、今度は下から手を伸ばした。


「ゴロゴロゴロゴロ……きもちい!」


 基本的にこのゴロゴロという音は、リラックスの音である。この音を出している間、ネコ科の好感度は上昇中だ。


「可愛い……」


 渡芽わためはネコ科神族愛嬌にメロメロである。


ヨハネ:このゴロゴロだ! これが、福音なのだ!

マジコイキツネスキー大佐:さすがキリスト教徒、嬉しいとすぐ福音にしやがる。

コサック農家:しかし、猫キャラなのに、語尾が『にゃ』で固定されてないのか?

ヨハネ:するわけないではないか! 猫の福音には全て意味が有る! meow語話者を目指す私は固定を許さない!

スイフト:こっわ、にゃんこガチ勢じゃん……

オジロスナイパー:お、おう。ヨハネが熱心な愛猫家なのはわかった。


 海外でも猫は人気だ。そもそも、猫の家畜化は旧約聖書の舞台、古代の中東で始まった。むしろ、海外ニキにこそ人気である。

 彼らの歴史に比べれば、日本は猫後進国ねこうしんこくと言わざるを得ない。


「よし、わたちゃんはもうお気に入り! ……、くらえ! マーキング攻撃!」


 クロはそう言って、渡芽わために耳の後ろや背中などを入念にこすりつけた。


「くすぐったい……」


 とは言いながらも、口元が緩む渡芽わため


ヨハネ:羨ましいですぞ! クロ様! 是非、うちの愛猫とも仲良く……

マジコイキツネスキー大佐:これガチにゃんこでは? 愛猫ガチ勢が、素でにゃんこ扱いしてね?

コサック農家:確かに!

オジロスナイパー:クー子ちゃんしっぽ! しっぽ!

そぉい!:前に掘った墓穴が深すぎたな……


 クー子の尻尾は危機感を表していた。足に絡みついていたのである。

 一度解説されれば、どんなに美人な人間の顔がついていようとそっちにも目が行く。故に、クー子の心情は視聴者につまびらかとなってしまっていた。


「な、ナンノコトカナァ?」


 とぼけるが、もう遅い。

 彼らは固定概念がどんどん揺らいでいっている。神はいない、そう思うのに、目の前の事象は神の実在を叩きつけてくるのだ。

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