第149話・江戸猫

 次の日、クー子は家守神族たちに声をかけていた。ネコ科神族は家守に多いのだ。


「ねえ、クロちゃん。一緒に放送しない? チュール買ってあげるよ!」


 クー子が声をかけたクロという猫神、出身は江戸時代である。


中流ちゅうる!? ご勘弁ください! 何故そのように無体な!』


 よって、チュールというネコ科垂涎のおやつを知らず、流刑の中流ちゅうると思ってしまったのである。

 流刑は三種だ。近流きんる中流ちゅうる遠流おんるである。死刑についで遠流おんるが、それについで中流ちゅうるは重い罰則だ。


「あ! ごめん違うの! 人の子作った、そういうネコ科の用のおやつがあって、美味しいって話なの!」


 クー子は焦った。そんな刑罰があることを知らなかったのだ。三千年前といえば縄文時代。大和民族が、最も平和ボケしていた時代だ。むしろ、戦いという発見がまだなかったのだ。刑罰も何もあったものではない。人間が人間を殺せるという発想自体がなかった。


『あ、そうだったのですか!? おやつなのですね! では、ネコ科家守代表として、是非に!』


 クロ稲野十二之多田之守神とうのじゅうにのただのもりかみの出演は、こうして決定された。鈴の鳴るような愛らしい声の、猫女神だ。間違いなく人気になるだろうと、クー子は思わず笑顔になる。


「ありがとう!」


 だが、そこでクー子は忘れていた。稲荷は基本的には狐だ。だが、例外はどこにでもいるのだ。


葉捨戸バステト比売様にはお声かけしたのですか?』


 クロは、ふとそれが気になった。

 そう、稲荷には猫の系譜が存在する。ラーの娘だの妹だの妻だのといろいろ言われているが、事実は太陽神の弟の娘うかのみたまのことの弟子である。ついでに言えば、ラーである邏玉比売めぐりたまひめに妹同様に可愛がられた過去もある。

 当時エジプト語カタコトだった葉捨戸バステトは、上手くこれを伝えられなかったのだ。現在もエジプト在住の腐葉土を司る豊穣神である。


「あ! あー! みきちゃんもだー!」


 クー子はすっかり忘れていた。稲荷にネコ科神族がいたことを。なんなら、日本国内にも居る。美喜井みきい稲荷、稲荷の神社にして猫神が祀られているところだ。

 しかしとて、クー子は彼女らと親交が浅かった。猫稲荷の葉捨戸バステト比売は、稲荷の枝主神のようなものである。故に、猫稲荷はエジプトの有事に手を貸すことが多い。


『あ、もしかして、私、そのおやつをもらう機会を逸しましたか?』


 クロは悲しんだ。ともすれば、その人間製のおやつが貰えなくなったのではないかと思ったのだ。

 クロは猫又である。現在八尾になった、つおい猫ちゃんである。


「うーん。じゃあ、今回はゲストクロちゃん! 次回にその二人を考えようかな!」


 悲しげな声に、クー子はゲスト変更ができなくなってしまった。

 年下ネコ科神族の訴えを無視できる和魂は、存在しない。愛らしすぎるのである。


『かしこまりました』


 口調はクールだった。だが、普段より半音高い声で、喜色が隠せていなかったのである。


「じゃあ、今夜はよろしくね!」


 と、クー子は通話を切った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クロが、クー子の社を訪れたのは昼前。やたらと、毛並みがつややかだった。

 クロは、今さっきまで毛づくろいしていたのだ。ネコ科はおしゃれである。そんな、クロの第一発見者は渡芽わためだった。そして、それをクー子が見つけた時には大変なことになっていたのである。


「やめ! ダメ! ふにゃぁん!」


 渡芽わためは、クロのしっぽの付け根を撫でていた。そこは、猫にとって性感帯である。


「気持ちよさそう……」


 渡芽わためのそれに、どうしてもクロは声が甘くなるのを抑えられない。えっちな感じで、気持ちよくなってしまっているのだ。


「ふにゃぁん! ダメぇ……」


 どうかやめてほしいと伝えたいのに、声色が真逆の情報を発信してしまう。


「クルム、そこらへんにしてあげて?」


 クー子は言った。

 しかしどうして、渡芽わためがネコ科の性感帯を把握しているのかは謎であった。


「でも……気持ちいい……見える」


 そのように見えて、渡芽わためはもっとやってやるのがいいのかと思っていた。


「んー、オーバーワーク」


 そう、クロはちょっとぐったりし始めていたのだ。クー子が止めたのは、それを見かねたからである。


「ん……。ごめんなさい……」


 渡芽わためは理解して、クロを離した。ぐったりと地面に横たわって、肩で息をするように、膨らんではしぼんでを繰り返していた。


「ごめんねー! でも、悪い子ではないから」


 クー子は困った顔で、クロの顔を覗き込んで謝った。


「それは、わかってますよ。大丈夫。でも、教えておいていただけると……」


 クロはそのまま眠ってしまったのである。

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