第148話・ロストエデン

 放送はクー子の人間恐怖症を再来させた。


「ニンゲンコワイ……カシコスギル……コワイ……」


 といっても、深刻な感じでは無い。


「そりゃそうだよくぅちゃん。だって、うー様と果物食い倒れツアーがてらいろいろ聞いてる人々の末裔だよ!」


 イヌ科起源は、人類発祥よりも古い。イヌ科発祥と同時に生まれた山眠毘売やまたべのひめは、とても古い記憶を有していた。

 エデンは、人類発祥の地アフリカの話である。


「その話、満野狐みやこは聞いておりません!」


 自らの主神の話に、身を乗り出すみゃーこ。


「ききたい!」


 それは、渡芽わためも同じであった。


「それじゃあ話そっか!」


 そう言うと、山眠毘売やまたべのひめは古い古い、人類の旅の話をした。

 人と神の最初の出会いの話。当時、アフリカにはまだパンの木があった。これはクワ科の植物であり、味はほぼ芋だ。とある女が、それを口にしてたいそう喜んだ。そして、自らの最も親しい男にもそれを食べさせたのだ。当然、男も大喜びした。うまいと……。


 宇迦之御魂うかのみたまはそれを見てたいそう怒った。それは、宇迦之御魂うかのみたまの失敗作だったのだ。もっと甘くて美味しい木の実を作ったのに、なぜそれで満足するのだ人類よと。


 怒った宇迦之御魂は、男と女を連れて旅に出ることを決定した。旅の目的は、宇迦之御魂うかのみたま傑作果物食い倒れツアーである。

 宇迦之御魂うかのみたまは、その時人間に服を着せなかった。見かねた素戔嗚すさのおが、宇迦之御魂うかのみたまを叱りにやってきたのだ。それでは人間が寒いだろ……と。俺なんて、動けなくなるぞと。


 人の姿を得る前の素戔嗚すさのおの姿は大蛇であった。そして、様々な神を呼び寄せ、服を着せたり自分の知識を共有したりしながら旅はまだ続いた。


 途中、最初の男と女は寿命が近くなり。その時、長子の夫妻はそこに残って弔った。神は行く人々と一緒に旅を続けた。いつか必ず、人の生き方を学んで帰ってくるぞと約束して。その最初の場所がスサと言う都市である。

 残る人は、行く人々に夢を託した。“我々は、親を見捨てられない。だからどうかお前たちは世界を制覇せよ。そして、いつか我々にそれらを届けてくれ”と。


 この旅が、楽園追放だ。楽園というより、発祥の地を離れて食い倒れツアーに行っただけである。そして、裸だった人類が初めて服を着たのが、中東スサの事。ちょうどその時食べていた、イチジクのはをどうにかこうにか服にして着たのだ。


 山眠毘売やまたべのひめは、その長い話を締めくくった。


「知恵の実がイチジクって知ってる前提で話しちゃったけど大丈夫?」


 現代、知恵の実はりんごと思われる。だが、りんごは割と涼しいアジアなどの地方の果物だ。旧約聖書のメイン舞台、中東ではあまり育たない。

 本当はこれは、イチジクのことだったのである。だから、シュメール神話では神の好物としてイチジクが挙げられることが多い。


「小さくとも稲荷です! 途中から違和感を感じておりました!」


 みゃーこは胸を張った。クー子は、ちゃんと教えていたのだ。

 ただ……。


「知らなかった……」


 渡芽わためはまだまだだ。無理に詰め込むと、それこそ勉強が嫌いになりかねない。

 疑問に答えるか、それとも話自体を面白くしてしまうかのどちらか。和魂にぎたまの一般的な教育である。


「その旅で、人間がやたら賢くなったって話だよ!」


 楽園追放の真実を山眠毘売やまたべのひめは語った。人類は罪人でも何でもないのだ。無欲すぎて、食の神の道楽に付き合わされた者共の末裔である。


「これ聞いたら、魔術師の人たちどう思うんだろう……」


 少なくともユダヤ教徒は激怒不可避だ。クー子はそんなことは露知らずである。真実の側の存在なのだ。

 ただ、罪人と思わせておいたほうが、統治するには都合がいいのだ。苦しみを、過去の罪に擦り付けて盲信させることができる。苦役を乗り越える団結力を産むことができる。そんな罪悪感のせいで、偉大な先導者モーセは神をやめてしまった。自分の祖先を歪めてしまったと、今も根の国で悔やんでいる。


夕餉ゆうげの支度ができましたよー! 普通にヒト科神族の味付けで良かったのですね……」


 そんな折、蛍丸は厨房から帰ってきた。


「だから我は言ったのだ。クー子様とて、ヒト科神族の味覚とさして変わらないではないかと……」


 霞比売かすみひめを伴って。

 その霞比売かすみひめは、ぶーたれていた。味見係を申し付けられたのは光栄だったが、味覚があまり変わらないのだと信じてもらえずに拗ねていたのだ。


「申し訳ありませんでした……」


 とはいえ、イヌ科の姿しか見れなくては蛍丸がそう考えるのも仕方のないことだった。


「あーそういう理由だったんだ……」


 と、クー子はチベスナ顔になったのであった。

 その後、夕食会が始まった。その最中、太古の太古な話をした直後にも関わらずである。次はネコ科を出して、視聴者の興味を誘導しようなどと、呑気なことをクー子は考えていた。

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