第134話・兎緒いし

 蛍丸は、バニーガールという、非常に扇情的な姿で居る。


「うぅ……おばあちゃんにこんな格好させて楽しいのですか!?」


 そのため、顔は真っ赤である。


「えー!? 蛍丸ちゃんがおばあちゃんだったら私、化石かなんかじゃん!」


 稲野山毘売いなのやまははひめ稲野三山いなのさんざんが生まれるより少し前からこの稲野に居る。神々の世界では万歳超えでも、全然若者なのだ。


「私だって三千歳だし、もう骨だよね!」


 蛍丸が老婆なら、クー子は寿命で死んだ後骨になっていておかしくない。

 故に二人は抗議した。そろそろ神の年齢感覚で話してもらいたいものだと思っている。


「うぅ……分かりました。まだ、若者です……。でも、そんなの問題ではありません! 西洋の方は淫らです……」


 蛍丸のその言に対しては、現代人なら苦言を呈したかったはずである。

 そもそも神道は、性を忌避しない。むしろ、清いものとして考えている節すらある。神道が忌避するのは、死と血。それらを穢と考えるのだ。


 原始的な宗教の多くが、性を忌避しない。産めや増やせや世に満ちよ、そんな考えの方が一般的である。

 だから、日本は変態大国なのだ。古代日本人は隠れドスケベなのだ。


「目のやり場に困りますね……」


 みゃーこは困っていた。そんな大胆な衣装の蛍丸を見るのが恥ずかしかったのである。


「かわいい……」


 そんな概念がまだ存在しない渡芽わためは呑気なものだ。可愛らしい少女の外見と動物の要素が組み合わさって、単純に可愛さが増しているとだけ思っている。


「あまり、見ないでください……」


 圧倒的な歳下にかわいいと言われてしまえば、蛍丸もたじたじであった。


「ふふふ、なんか富豪になったみたい!」


 バニー姿で食事を配膳する蛍丸を見て、クー子はそんなことを思ったのである。

 しかしだ……。


「クー子ちゃん、割と富豪じゃん!」


 稲野山毘売いなのやまひめが言うとおり、クー子は富豪だ。それはまるで、成功した科学者のような立ち位置なのである。


「そうですよ! クー子様のおかげで、我々はこのようなお召し物をいただけます!」


 みゃーこはそう言って、狩衣の裾を掴んで見せた。上質なのである。優れた防具であり、意匠も凝らされている。


「ん! 裕福!」


 基本的に、神である以上コマを困らせることはない。だが、渡芽わためもみゃーこも物質的にも満たされていた。


「それより、クー子ちゃん! ご飯食べましょ! お腹すいたわ!」


 稲野山毘売いなのやまひめは、目の前の料理のかぐわしさに我慢の限界を迎えた。調理師はいつもの蛍丸である。


「そうですね! じゃあ、いただきます!」


 クー子の号令で、食事がスタートしたのである。

 食事が始まっても、未だバニーの蛍丸が言う。


「そうだ、クー子様。油揚げが少なくなってまいりました」


 三万円分の油揚げというのに、一ヶ月持たなかったのである。稲荷の油揚げ好きは、本当に常軌を逸している。


「クー子……油揚げ……無くなる……嫌だ!」


 肉体までも稲荷となってから、油揚げはすっかり渡芽わための好物だ。


「私、買ってこようか?」


 稲野山毘売いなのやまひめは、たまに着物のご婦人に紛れるタイプの神である。

 稲野を分類するなら田舎だ。日本の原風景を残した、独特の美しさを持っている。だからこそ、着物姿は東京よりも馴染むのだ。


「うーん。買いに行ってみようかな……」


 と、クー子はそんな気分になった。優しい人間との触れ合いが、すごく増えた。だから、人間に対する恐怖心が、かなりなくなっているのだ。


「なんと! 晴れ着を用意せねばなりません!」


 驚いたのはみゃーこ。この前は、すごくいやいやな雰囲気だったのに今はそうでもないではないか。


「晴れ着、ある!」


 渡芽わためが言うように、クー子は振袖を持っている。桜柄の、可愛らしいものだ。


「カバーストーリーは、着物同好会で行こっか!」


 稲野山毘売は少しだけ、ワクワクしてきていた。

 神々は、外出するときに何かしらのカバーストーリーを用意する。天拵あまぞんに洋服ほとんど売っていないのである。


「いいですね! それなら、人数が増えても大丈夫そうです!」


 と、クー子も乗り気だった。

 だが、そこで稲野山毘売いなのやまひめが気づいた。


「あ、クー子ちゃん! 耳どうしよう!」


 クー子の耳は狐耳。それを残した人化しかできないと、稲野山毘売いなのやまひめは思っている。

 がしかし、それを聞いて得意げなクー子。


「ふふふ! 一時間程度なら、耳も人間にできるようになったのですよ! お狐コンコン! 人になーれ!」


 クー子は完全な人化を披露した。

 ぽふんと小さく煙が上がり、そこには普通の茶髪美女がいた。


「おぉ! クー子ちゃんすごい!」


 褒めてくれる稲野山毘売いなのやまひめに、微笑みを返してからクー子は言った。


「クルムはどうする? 外行ってみる?」


 もちろん、クー子は強制する気などない。その気になるのをじっくり待つつもりだ。


「怖い……」


 と、渡芽わためが言うから、クー子はそこで引き下がることにした。


「そっか……じゃあ、二人で行ってくるね! ほたるん、悪いけど……」


 それは、言うまでもないことだった。


「もちろん、お二人が寂しくないようについております!」


 だが、蛍丸はバニーガールなのでなんだか変な感じである。

 それと……。


満野狐みやこは、それほど子供ではありませんよ!」


 成長したことを、認めて欲しいみゃーこである。


「お留守番……余裕!」


 それは、渡芽わためもそうなのであった。

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