第128話・皇祖

「そういえばさ、本題なんだけど……。クー子さん、今日やけにあったかい理由知ってる?」


 はるはクー子に訊ねる。天気を司る神がいて、太陽を司る神がいる。空は神のことわりに満ち満ちているのだ。


「あー、えっとね。日司ひのつかさって言う役職の神様が今うちにいらっしゃるの! 太陽の神様だよ!」


 クー子の言葉を聞いて、はるは冷や汗が止まらなくなった。

 日本神話で太陽の神といえば、最高神……。


天照大神あまてらすおおみかみ様!!??」


 それ以外、日本人には伝わっていない。


「あ、えっとどっちかというと、ラー様かな?」


 クー子は答えた。


「唐突にエジプト神話!?」


 もちろんはるは、日本にそんな神が居るなどと思わなかった。エジプト神話なら、きっとエジプトにいるのだろうと思っていた。

 だが、しかしである。太陽など世界のどこからでも拝むことが出来る天体だ。


「アハハ……エジプト神話のラー様って、当代の日司ひのつかさ様なんだよ!」


 そんな話をしながらクー子とはる幽世かくりよを歩いていた。

 犬も歩けば……それに似て、はるが歩けば神に当たる。


「私の話?」


 ぬっと現れた、邏玉比売めぐりたまひめに陽はたいそう驚かされるのであった。


「うわ!? これは、掛けまくも畏き邏玉比売大神めぐりたまひめのおおかみ……」


 咄嗟に祝詞のりと構文が口から飛び出すあたり、前世の影響が色濃い陽であった。


「かしこまらないで欲しいわ……。あと、正式に呼びかけるなら大孁邏玉比売尊おおひるめめぐりたまひめのみことよ! めぐちゃんでもいいけどね!」


 歌うように、愉快そうに邏玉比売めぐりたまひめが言う。だが、彼女もそのように呼んでもらえるとは思っていない。なにせ、天照大神あまてらすおおみかみの後継者である。


「掛けまくも畏きながら、知らざりしを詫びたてまつる知らなかったことをお詫びします


 それはもう、平安仕込みの綺麗な土下座だった。なにせ、太陽神の名前を間違えてしまったのだ。


「そこまでしないで欲しいわ……大和民族と神の仲じゃない!」


 もはや、これは定番だった。人間と直接話した神は大概口にしている。邏玉比売めぐりたまひめも例外ではなかった。


「私なんて、コマを見ててもらっちゃいましたしね!」


 前回はクー子にはわからなかったことである。邏玉比売めぐりたまひめはかなり親しみやすい。というより、親しみにくい和魂の神が存在しないのである。


「本当はずっとここにいて、クー子ちゃんのコマちゃんたちと遊びたいんだけどね。ごめんね、あんまり留まると、夏が来ちゃう……」


 邏玉比売めぐりたまひめがとどまりすぎると春を通り越して夏が来るのである。これは、日司ひのつかさの役職が原因だ。だから朱ならば大丈夫である。

 とはいえ、邏玉比売めぐりたまひめまほぼ朱のママ。ママと長く離れているには朱はまだ幼いのだ。


「畏み申す……」


 これでも陽は砕けた。前置きを少し省いたのである。


「普通の敬語にしてくれないと、神罰落としちゃうゾ!」


 気軽に、とてつもなく恐ろしい言葉が邏玉比売めぐりたまひめの口から発せられた。太陽神とは最高神である、そんなふうに思うはるにとって恐ろしくてたまらない。


「お許し下さい! 大和民族にとって、太陽神はとても尊いものなのです! 礼を失するなんて…‥」


 はるに可能な、最大限の砕け方だった。これ以上は流石に無理である。


「一番偉いのは、天照あまてらす様なんだけど……。それでもダメかしら?」


 それでも少し寂しい邏玉比売めぐりたまひめは食い下がる。


「申し訳ございません。これ以上は、あまりに畏れ多く……」


 なにせ、人の世の最高権威である天皇のルーツの関係者である。

 そんな時である、権威を恐れぬ幼子がそこに舞い込んだ。


「めぐ様! あ、クー子! みゃーこ……剣……変……」


 渡芽わためである。何やら剣に変化があったようで来たのだが、一目散にクー子に抱きつきながら言った。


「どうしたのー?」


 と、クー子は受け止めながら訊ねる。問題は、邏玉比売めぐりたまひめであった。


「来てくれなかった……」


 若干涙目になっていたのだ。

 それを見てはるは、少しじっとりとした目になるも、すぐに居住まいを正す。

 正して再び見てみれば、これほど微笑ましいこともなかった。権威を纏ってなおも、子供に寛容。それどころか子煩悩である。このルーツあって、天皇ありと思ったのだ。


付喪ゆくも……なった!」


 などと、渡芽わためが言うから驚いてすぐに向かったのである。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 みゃーこのところへ行くと、みゃーこによく似た狐が一匹。それは、みゃーこの腕に頬ずりをしていた。


「わふ! わふ!」


 稲荷の神通力ばかりを吸収して付喪神になったことによって、狐の姿になってしまったようである。


「うわ、瓜二つ!」


 見まごう事はおそらくない。だが、本当に外見は瓜二つである。違うのは、大きさだ。みゃーこより少し小さいのである。


「クー子様! どうしましょう!?」


 みゃーこは困っていた。自分に似ているとは言え、甘えてくる姿が可愛らしく、動けずにいる。


「困ってた? じゃあ、こう!」


 あけびは困ってることを知らなかった。だが、知れば即座に対応した。

 ころんと、その狐を返し、みゃーこの膝の中に収めたのである。


「みゃーこ様の幼い頃はこうだったのでしょうか?」


 関係が深くなり、いろいろと興味が出てきた蛍丸は、そうなのかと妄想を膨らませる。


「もうちょっと顔立ちが幼かったかなぁ……」


 それは、ただ小さいだけなのだ。クー子に言わせてみれば少し違いがあった。


「見たい……」


 渡芽わためが希望し……。


「私もー!」


 邏玉比売めぐりたまひめも便乗した。


「えっとね……ほら!」


 クー子は空中にパネルを出して、みゃーこの幼い頃の姿を映し出す。


「おやめください!」


 みゃーこはそれが恥ずかしくてたまらない。


「みゃーこ……諦めろ。クー子さんは、実質オカンだから……」


 はるは親というものをよく知っていた。なにせ、自分だってそうだったのだ。

 うちの子が一番可愛い……とは、誰に対してもアピールしたくなるものである。これは、父母共通で、むしろ父親の方がひどい場合が多い。


 ただ、それは子煩悩である証左で有り、少なくとも愛情を向けているつもりがある証拠だ。

 それからしばらく、みゃーこが子の剣に掛かりっきりになっているのをいいことに、鑑賞会をしたのである。

 そして、途中からは渡芽わための鑑賞会になった。渡芽わためは幸せな照れくささを初めて感じたのだった。

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